君のいた時を愛して~ I Love You ~
次に俺が目覚めたのは、サチが簡易キッチンで食事を作っている音のせいだった。
 サチは器用に狭いキッチンと一口のコンロ、それからちゃぶ台の上を行ったり来たりしながら、一生懸命に何かを作っていた。
「おはよう、サチ」
 俺は声をかけると、ベッドから這い出して手早く着替えた。
 長い共同生活で、お互い『おはよう』の声をかけてからしばらくは振り向かず、相手に着替えをする時間を与えるのが暗黙の了解となっていたので、俺も手早く着替え、サチのそばへと歩み寄った。
「何を手伝ったらいい?」
 俺が問いかけると、サチは笑顔で振り向いた。
「もう終わるから、座ってて」
「わかった」
 サチに言われるまま、俺はいつもの自分の席に着いた。
「じゃーん!」
 サチが言いながらお椀を二つちゃぶ台の上に置いた。
「これは?」
「お雑煮だよ。それから、ちょっと待ってね」
 サチは言うと、冷蔵庫の中から、タッパーを取り出して蓋を開けた。
 タッパーの中には、いかにもお正月といった雰囲気の食材が何点か並んでいた。
「えっと、栗きんとんと、錦卵と、それから、伊達巻に、昆布巻きだよ」
「サチが作ったのか?」
 俺は驚いて問いかけた。
「まさか、無理無理。栗きんとんと、昆布巻きは大将のところのおせちセットに入れるのを少し分けてもらってきたの。それと、錦卵と伊達巻はコータのところのスーパーのお徳用詰め合わせセットだよ」
「へえぇ、正月用品なんて、縁がないからろくに見たことなかったよ」
「もちろん、お雑煮は手作りだよ。ただし、お餅はコータのスーパーで買ってきたけどね」
「確かに、餅は家ではつかないよな」
「そうだよね」
 サチは言うと、にっこり微笑んだ。
「じゃあ、いただきます」
 そう言って、俺が箸をとろうとすると、サチが『待って』と声をかけた。
「えっと、あけましておめでとうございます」
「あ、ああ、明けましておめでとう」
「昨年は大変お世話になりました。こんなあたしを拾ってくれて、本当にありがとう。今年も、よろしくお願いします」
 サチは言うと、深々と俺に頭を下げた。
「じゃあ、俺も。去年は、風邪ひいて熱を出した俺の看病をしてくれてありがとう。それから一番に、他の誰かの家じゃなく、こんなボロイ部屋の俺のところに来てくれてありがとう。当然だけど、今年もよろしくお願いします」
 俺もサチに向かって深々と頭を下げた。
 それから、俺たちは箸をとり、サチの作った雑煮とタッパーの中のおせちを堪能した。
「なんだか、正月っていいな」
 俺は、人生で初めて感じた新鮮さを言葉にした。
「なんだか、うまく言葉にならないけど、今日から新しい一年が始まるんだって、なんだか、しみじみと感じる」
「すごい、コータも? あたしもだよ。きっと、一番好きな人と迎えるお正月だからだよね」
 すっかり、俺に対する気持ちを隠さなくなったサチに、俺のほうが照れて言葉が出なくなってしまう。
 俺は出勤の支度をしながら、今年ばかりは初売りの出勤に立候補した自分を馬鹿だと罵った。
 いつもより時給が高く、さらにお祝いが貰えるから毎年、初売りの日の出勤に名乗りを上げていたせいで、ろくに考えもせず今年の初売りが元旦からだというのに、ホイホイ三賀日の勤務に名乗りを上げてしまったが、今から考えれば、サチとデートをしたり、家でプチ贅沢な時間を過ごしたりしてもよかったのではないかと、今になってから後悔した。
「コータ、縁起が悪いから、新年早々後悔なんてしちゃだめだからね」
 俺の考えを見透かしたようにサチが言い、俺はサチのことをどんどん好きになっていく自分が、一日も早く次の一歩を踏み出せるようにと、祈りながら身支度を続けた。
「じゃあ、行ってくる」
 俺は言うと、荷物を持って立ち上がった。
「コータ、行ってらっしゃい」
 片づけをしながら微笑むサチは、新婚の妻のようだった。
 俺はいつか訪れるであろう、サチとの本当に幸せな生活を夢見ながらスーパーへと歩を進めた。
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