君のいた時を愛して~ I Love You ~
十八
怒涛の初売りを終えた俺は、明日の休みにはサチとどこかへ遊びに行こうと、一人胸をワクワクさせながら帰路についた。
 三賀日の売上は目標に達し、めでたくお約束のぽち袋を受け取った俺は、サチの喜ぶ顔を思い描き、心まで暖まりながら、真っ直ぐにサチの待つ部屋を目指した。


「ただいま」
 俺が声をかけながら扉を開けると、サチの『おかえり』という明るい声が迎えてくれた。
「サチ、明日の休み、どっか遊びに行こう!」
 俺が言うと、サチが花を咲かせたような笑顔で俺に飛びついてきた。
「コータ大好き!」
「俺もだよ、サチ」
 俺は言うと、サチに抱きつかれたまま上着を脱いだ。
「もう、コータ。こういう時は、ぎゅーって抱きしめてくれるもんなんだよ」
 不服そうに言って見上げるサチを俺はあらためてぎゅっと抱きしめた。
「上着の上からじゃ、サチが遠く感じるから、この方がより身近にサチを感じられるから」
 俺の言葉に、サチが少し口を尖らせた。
「コータってさ、天然のたらしなんだよね。そーゆーこと、意識しないで言えちゃうんだから」
 なぜサチが不機嫌になったのか、俺には全く理解できなかったが、すぐにサチは俺のことをじっと見つめ直した。
「そーゆーこと他の人には言わないでね」
「えっ?」
「もし、コータが別の誰かを私よりもっともっと好きになったら、今みたいな言葉をその女性に言う前に、私を捨ててね」
 サチの言葉に俺は言葉に俺は驚いて返事に詰まった。
「あたし、コータの恋の邪魔になるくらいなら、すぐに出て行くから。約束だよ」
 サチの真剣な眼差しに、俺はなにも言えないままサチを抱きしめる腕に力を込めた。
「コータ?」
「俺には、サチしかいないから」
「コータ」
 サチが俺の胸に顔をうずめた。
 どうしたら、サチのこの不安を取り去ってやることが出来るのか、俺にはまだ分からなかった。ただ、俺にしか出来ないことだとしか、理解できていなかった。
「ごめん、おなか減ってるよね」
 無神経な俺の腹の虫が惨めな声で泣き、サチはあわてて俺から体を離した。
「今晩は水炊きだよ」
 すっかり支度の出来たちゃぶ台を指差しながらサチが言った。
「じゃあ、すぐ着替える」
 俺は言うと、ベッドの下の引き出しを開けて寝間着兼部屋着のスウェットの上下を取り出して着替えた。
 年末のセールでサチが仕入れてきた卓上ガスコンロと土鍋のおかげで、鍋料理がサチのレパートリーに加わると、部屋の中はエアコンが有るのではと言うくらいに暖まり、新年は朝のお節、夜は鍋物が続いていた。
 水炊きは、サチが野菜に火を通して置いてくれているので、俺は野菜が煮えるのを待つことなく熱々にあったまったら野菜をしゃぶしゃぶのようにゴマだれで胃に流し込む。体の中から温まり、あっという間に汗が噴き出してくるほどだ。
「今日のオススメは、モヤシだよ」
「もやし?」
 サチの言葉に聞き返すと、サチが鍋の中のモヤシを菜箸で掴んで見せた。
「これは普通のモヤシじゃなくて、大豆のモヤシだから、豆も大きいし、食感もべちゃっとしなくて、美味しいんだよ」
「じゃあ、試してみる」
 俺の返事にサチがモヤシをよそってくれた。
 ゴマだれをかけたモヤシは、しっかり火が通っているのにシャキシャキとしておいしかった。
「美味しい!」
「でしょ! あたし、これが好きなんだ」
 サチは言いながら自分もモヤシを口に運んだ。
 サチが美味しそうにモヤシを食べる姿を見ながら、俺は心から幸せを感じていた。
 そうだ、サチとなら、しあわせな家庭を築ける。意気地なしのくせに、俺はそんな事を考えていた。
 サチとなら、たとえ貧しくても、幸せな家庭が築けると。
「サチ、これからも、ずっと俺と一緒に居てくれるか?」
 言葉はするりと俺の口をついて出た。
 驚いたサチが手を止めて俺を見つめた。
「俺、サチとずっと一緒にいたい。他の誰でもなく、サチと一緒にいたい」
 サチの瞳が潤み、サチは俺から目をそらした。
「この、天然たらしのコータ。そんな事真顔で言われたら、誤解して舞い上がっちゃうじゃない」
「サチ・・・・・・」
「ほら、器だして、次の野菜よそるから」
 何時もは大切な瞬間を台無しにするのは俺の筈なのに、サチは俺の本気の言葉を何時もの俺の優柔不断な言葉と同じように片付けてしまった。
 俺はそれ以上なにも言わず、サチとの幸せな夕食の時間を楽しんだ。
 食後は片付けるサチを手伝い、落ち着いてから明日の予定を立てた。
 日頃、遊びと縁遠い俺とサチは、いざ遊びに行こうとすると、何の事前リサーチもなく、どこへ行ったらサチが喜ぶのかも、何をしたら良いのかも全く分からない始末だった。
「ねえ、ピッチ買おうか」
 遊びに行く案に詰まった俺にサチが言った。
「ピッチ?」
「そう。PHS」
「それって、携帯電話だよな?」
「あたしもよくわからないんだけど、見た目はほとんど同じみたい。ただ、毎月の料金がケータイよりすごく安いんだって」
「サチ、欲しいのか?」
「あったら、便利かなって。コータに何時でも連絡できるし」
 同じ部屋に暮らしているのに、必要だろうかと、オレは考えた物のサチが欲しそうにしているので、二つ返事で承諾はしなかったが、遊びに行くのではなく、翌日、ピッチなるものを見に大型家電店に行くことを約束した。
 鍋で暖まっていた部屋が冷えてきたので、俺とサチは早めにベッドに入ることにした。

☆☆☆

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