君のいた時を愛して~ I Love You ~
初売りで混み合う家電店の店内を泳ぐようにして進み、俺たちは賑わう携帯電話コーナーの隅にあるPHSコーナーで足を止めた。
 俺の頭の中にある携帯電話は、大きくて無骨で、毎月の維持費が俺にとっては天文学的な金額になる物だったが、サチの欲しがっているPHSなる物は、小さくて、可愛くて、維持費は驚くほど安かった。
 携帯電話とPHSの違いも理解していない俺達に呆れるかと思った若い男性店員は、『使ってる人には規格の違いはあまり感じられないと思いますよ』と、あっさりと規格の違いで片付けると熱心にお得なプランをサチに説明し始めた。
 サチは何度も細々とした料金プランに関して質問をしてから、手のひらに納まりそうなピンクとスカイブルーの端末を手にとった。
「コータ、これにしない?」
 たぶん、店に来た時点で買うことは確定だったのだろう、サチは迷いのない声で俺に言うと、スカイブルーの端末を俺の方に差し出した。
 軽く小さい端末を手に、俺は驚きを隠せなかった。
「軽い」
「でしょ。すごいよね」
 サチの瞳がキラキラと輝いていた。
「初売りなので、本体は買い取り価格」一円でやらせていただきます。初売りが終わると買い取り価格が元に戻ってしまうので、今がお得ですよ」
 若い店員は、悪魔のように優しくサチに囁きかけ、俺は幸のキラキラ輝く瞳に負けて、このピッチなるものを買うことにした。
 身分証明書や必要書類のみ関係で、俺がサチの分も契約することにした。
 店員が話した内容が本当ならば、三年契約ではあるが、毎月の費用は二台で五千円ほど、最初の月だけ事務手数料が五千円以上かかるとのことで、それはサチが言い出した事だから払うと言うこと言ったが、俺はそれをさり気なく断った。
 今まで、出費を恐れてなにも買おうとしなかった俺にとって、これから三年という長い間、この料金を払い続けるという契約は大きな覚悟を伴うものだった。
 最後の契約のサインをする前に、思わず深呼吸してしまった俺に、サチが心配げに問いかけてきた。
「コータ、本当に良いの?」
「サチ、欲しいんだろ?」
「うん、でも、三年契約だよ?」
 俺は店員に見えないように、カウンターの影でサチの手を握った。
「三年なんて、サチと一緒だったら、あっという間だよな」
 サチの瞳が潤み、俺はサチに微笑みかけると契約のサインをした。
「手続きに三十分ほどかかりますので、こちらが引換券になります。あちらの引き取りカウンターに三十分後以降にお願いいたします」
 店員は言うと、引換券をわたして書類と共に姿を消した。
 俺とサチは家電店の近くの有名なコーヒーチェーン店で次官をつぶすことにした。
 サチはなれているのか、グランデ・キャラメル・マキアートとかいう、舌を噛みそうな魔法の呪文のような名前の飲み物を注文し、俺達は運良く空いたソファー席に陣取ると、大きなドリンク一つを二人で飲んだ。
 甘くて、苦くて、クリーミーで、コーヒーの香りのする不思議な飲み物だった。でも、同じものを自分で頼める自信はないし、こんなお洒落な店は俺が一人で入るには敷居が高すぎて、やはりサチなしで来ることはないだろうなと、俺は考えながら、向で熱いドリンクをすするサチの幸せそうな顔を見つめた。
 少し暗めの店内で、ソファーにもたれて音楽に耳を傾けながら俺とサチは家電店のキチガイじみた騒音と人の群れによる疲れを癒やした。
「そろそろ時間だね」
 サチに言われ、俺は差し出されたカップから最後のドリンクを飲み干した。
「いこうか?」
「うん」
 カップを片付け、俺とサチは再び暴力のような音とぼうどうのように無秩序に人が蠢く家電店に戻った。
 引換券を渡すと、すぐに手提げ袋を二つ渡された。
「こちらがピンクで、こちらがスカイブルーになります。ありがとうございました」
 それだけ言うと、店員はすぐ次の客の対応に向かい、俺とサチは互いの顔と袋を交互に見つめ、どちらからともなく店の外へと向かって歩き出した。
 結局、遊びに行く予定はしょっちゅうにすり替わり、俺達は箱に入ったままの精密機械を手に家路についた。


< 28 / 155 >

この作品をシェア

pagetop