君のいた時を愛して~ I Love You ~
混んだ電車の中では、となりに立つのが精一杯で会話もままならず、俺達は部屋に戻ってから、期待と不安を胸にそれぞれの箱を開けた。
 店頭でみたのと同じ端末を取り出し、とりあえず充電器に繋げて充電しながら、二人で並んでベッドに寄りかかりながらマニュアルを開いた。
 ようは電話機な訳で、難しいことを考えずに番号を押してかければいいんだと、俺が割り切った頃、サチが食い入るようにマニュアルの『メール』というページを読んでいることに気付いた。
 サチの端末の番号を覚えるか、電話帳なるものに登録する方法だけを確認していた俺とは違い、サチは電話ではない機能に興味があるようだった。
 それから、俺達は充電出来た端末にお互いの電話番号を登録した。
 これで、いつでも連絡が取れるとあんしんするかと思ったら、サチは俺の端末を操作して何かを設定し、自分の端末も同じ様に設定したようだった。
 次の瞬間、ピロリロリンという機械的な鈴のような音を俺の端末が出した。
「コータ、見てみて」
 サチに言われて端末を取り上げると、小さい液晶部分に『メール受信』と、表示されていた。
 よく分からないまま、真ん中の丸いボタンを押すと、『コータ大好き』と、表示された。
「ねぇ、コータも返事書いて」
「えっ、俺、メールなんて・・・・・・」
 誤魔化そうとしたが、期待に満ちたサチの瞳には勝てず、俺は再びマニュアル片手にやっとの事で『サチが大好きだ』と、メールを書いて返信した。
 同じくピロリロリンという音がしてサチが端末を操作す。
「ありがとう」
 サチは嬉しそうに言った。
「今度から、スーパー出たらメールかも電話してね」
「えっ? 毎日?」
 オレは急に使用料が不安になる。
「うん、コータとあたしの番号はメール無制限、電話はえっと、一回五分迄は無料だから」
「ってことは、五分を過ぎなければ、何回かけても無料ってことか?」
「そうだよ」
「メールも?」
「うん」
「そうしたら、大将に教えでも大丈夫なのか?」
「着信は無料だよ。私以外の番号も確か一回五分で百回まで無料だったとおもう」
「そうか、じゃあ、もう下で呼び出して貰わなくても良いのか」
 言ってから、最近下の電話が殆ど鳴らない事に気付いた。
 もしかしたら、このアパートの住人も、生活費を削ってこのピッチなるものを買っているのかもしれないと、俺は改めて自分が時代に取り残されつつあったことを痛感した。
「最近はさ、ケータイで日雇いのバイトとか見つけられるみたいだけど、通信するのは費用がかかるから、電話とメールで良いよね」
 サチの言葉に俺は頷いた。
 それから俺とサチは、隣に座っているのに、メールに慣れるという目的のために何通も何通もメールを書いては送りあった。
 愛の言葉、他愛のない尻取りゲーム。時間は、俺達を愛しむかのように、ゆったりと流れていった。
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