君のいた時を愛して~ I Love You ~
十九
大将の店も営業が始まり、俺とサチ、二人で揃って仕事に出かける日々が始まった。
 仕事中は、息つく暇もないほどの大忙しは変わらず、一日分の仕事をこなしたような気分の俺とサチは賄いで空腹を満たして貰い、毎日揃って帰宅した。
 年末と同じく、新年会が入っているからとサチは大将から夜の部の助っ人を頼まれていたが、サチは首を縦に振らなかった。
 一度部屋に戻り、俺は休憩をとってからスーパーに出勤するが、持ち慣れないPHS等という物を持ち歩く習慣がないので、昼はほぼ毎日部屋に置き忘れるが、さすがに買おうと言い出したサチは、置きっぱなしにはせず、持ち歩いているようだった。
 俺は出がけにサチにPHSを手渡され、なくさないようにカバンの奥にしまい込んでから出勤した。
 当然、仕事中は使うことはなく、帰りがけにメールをチェックしサチから買い物の指令が届いていたら買い物をして帰る。届いていなければ『これから帰る』とメールして店を出る、そんな平和な日々だった。
 サチは俺の『これから帰る』という味気ないメールにも、必ず返事をくれた。内容は日によって多少異なるが、大抵は今日の夕飯のメニュー、そうでないときは、大将からおねがいの電話がかかってきたとか、アパートであったことなどを簡単に纏めて送ってきたり、今どの辺を歩いているのかを尋ねてくることもあった。
 以前は、一度部屋を出てしまうと、戻るまで連絡を取るすべはアパートの電話だけで、誰かが使っていればお話中という状態だったし、サチの方から俺に連絡することは、基本的に不可能だった。それが、PHSのおかげで時差はある物の、サチから俺に連絡することが出来るようになり、サチからメールを受け取る度に、俺には縁のない物だと思っていた、恐ろしく軽くて小さな精密機械が、とても身近で親しみのある物に思えるようになっていった。
 二週間を過ぎた頃には、サチに手渡されなくても携帯する事に慣れてきて、出がけの一連の動作の中にPHSをカバンにしまうというのが、当たり前の事になりつつあった。
 それでも、俺はなぜか隠れるようにしてメールを確認してしまうのは癖になってしまったようで、別にロッカールームへの持ち込みは禁止でもないのに、周りに人が居ないのを確認してから、こっそり一人でメールを読むようにしていた。
 もしかしたら、大将や定食屋の皆に内緒でこっそりとサチと交際する事に、ある種の背徳感のようなものを感じていたのかもしれない。
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