君のいた時を愛して~ I Love You ~
 ペンションに戻った俺とサチは、冷え切った体をエアコンの少し埃っぽい風で温めながら、着替えを済ませた。
 いつもの癖で、お互いに相手が後ろを向いている間に、手早く寝間着に着替える。
 結婚したのだから、別に相手の着替えを見ても怒られるはずはないのだが、それでも、なんとなく身についた習慣はすぐには変えられない。
 もともと一緒に寝ていたのだから、部屋に一つしかないベッドを見ても怖気づくはずもないのだが、これが結婚初夜だと思うと、なんだか緊張してしまい、ベッドの上に座るところまでは抵抗なくできても、なかなか布団の中に入ることができない。
 改めて部屋の中を見回してみると、鄙びているだけあり、ペンションの部屋は埃っぽく、床はあちこち鴬張り。仕事のあてもないし、有り金で二人どれだけ頑張れるかと言う不安が先立って、新婚初夜をこんなボロいペンションにしてしまったが、甲斐性のない男だと、サチに愛想をつかされてしまうかもしれない。
「サチ・・・・・・」
 今更宿泊先を変えることもできないし、できる事と言ったら、結婚初夜を延期することぐらいだ。でも、もしそんなことを口にしたら、俺がサチの体目当てに結婚したみたいな誤解を招く可能性もある。
 俺はサチに声をかけてから、慌てて口を閉じた。
「どうしたの、コータ?」
 ベッドの反対側に座っていたサチは、くるりと俺の方を向くとスッと俺の隣に身を寄せた。
「サチ、俺・・・・・・・」
 何と言っていいのかわからない。今までのままの関係だって、俺は全然かまわない。別に、籍を入れたからって、すぐに夫婦として体の関係を持ちたいなんて思っていない。でも、そんなことを口にするのは憚られた。
「コータ。あのね。お父さんの事とか、いろいろあってコータ疲れているでしょう。だから、あたしのことは、心配しなくていいよ」
 サチの言葉に、俺は更に困惑した。心配しなくていいと言うのは、つまり・・・・・・。
「あたし、コータの奥さんになれただけで幸せだから。コータの気持ちの整理がつくまで、今まで通りでいいよ」
 俺の心を読んだようにサチが言った。
「いつもみたいに、ぎゅっとあたしの事抱きしめて寝てくれればいいから。あたしは、それで満足だよ。コータが慎重なのわかってるから」
 サチの使った『慎重』という言葉がどういう意味か分からなかったが、俺はサチの言葉通り、サチをしっかりと抱きしめてベッドに入った。
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