君のいた時を愛して~ I Love You ~

 書斎に入った航は、ブリーフケースの中から幸多の調査書を取り出した。
 幸多の経歴は、航から見れば悲惨なものだった。高卒で自動車の組み立て工場に就職、その後、雇止めで会社の寮を追い出され、どんな生活をしていたのか、空白の時間をおいて、あの今にも倒れそうなボロアパートの部屋に住み始め、近くのスーパーでアルバイトをしている。
 調べでは、あのいかがわしい女と出会ったのそんなに昔の事ではないらしい。
 あの娘の母親とその情夫は埼玉で暴力パブまがいのスナックを経営。その手伝いをしながら、高校を卒業。その後は、店の看板娘兼、美人局(つつもたせ)の餌として客引きをし、客が店に入ると積極的に男を誘い、男が手を出したら母親の情夫が因縁をつけて、金を巻き上げるという、どうしようもない仕事をしていたうえ、実家を手伝わない日は、キャバクラに勤務。キャバクラの店長に気に入られ、近所の噂では、母の情夫と肉体関係があるだけでなく、店長とも深い仲だったらしいとの事で、どう考えても幸多の妻に迎えられる素性の女ではない。こんな女を嫁に等したら、それこそ、死んだ洋子に顔向けができないだけでなく、申し訳なくて墓にも参れない。
 行き場を失った怒りが書類を机に叩きつけさせた。
 幸多の交際している女の写真がファイルから抜け落ち、床に転がった。
「なんで、洋子のような女を選ばなかったんだ!」
 怒りに任せて航は立ち上がると女の写真を何度も足で踏みつけた。
 航にとってサチは幸多の将来を邪魔する女にすぎず、名前すら覚えるに値しない存在だった。
「他にも男はいただろう! なんで幸多を誘惑した! 金も地位も、なにも持っていない幸多をなぜ毒牙にかけた!」
 怒りの言葉が口からあふれ、相手の女を呪う言葉だけが航の口からこぼれ続けた。
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