君のいた時を愛して~ I Love You ~
二十三
 夜景が綺麗で、カーテンを閉めずに眠ってしまった二人を明るい朝日が照らしだした。
 空調の良くきいた温かい部屋で、二人は裸のまま抱き合って目を覚ました。
「朝だね」
 感慨深げに呟くサチに、コータは言葉が見つけられずにコクリと頷いた。
「どうしたのコータ、なんか変だよ」
 笑みを浮かべながら言うサチに、コータはゆっくりと自分の想いを整理した。
 二十歳をとっくに過ぎたコータ自身、美月と言う恋人がいたくらいで、サチが初めての女性ではなかった。そういう意味では、たぶん、美月は経験豊富で、つきあいはじめてそういう関係になってくず、コータの男性としての技に諦めのようなものを持ったようで、積極的にそういう関係を持とうとはしなくなった。コータの方も、そういうことを要求するのは、それが目当てで付き合っているという誤解を招くような気がして、雰囲気がそういう風に流れていかなければ、何もないという関係のまま結婚の話までしていたのだ。
 妻との初夜を迎えた後で、昔の恋人の事を思い出すあたり、不謹慎な事だという自覚はあったが、サチが初めてだったことが分かった今、自分はサチに相応しい男だったのだろうかと、ずるずると前の恋人の事を引きずっていたような自分が、サチの夫で本当に良かったのか、コータは考えずにはいられなかった。
「サチ、後悔してないか?」
 籍まで入れた後で、今更何をと言われそうな質問だったが、コータは訊かずにはいられなかった。 
「えっ、なんで?」
 驚いたようにサチが言った。
「いや、だって、サチ、初めてだったし・・・・・・」
 口ごもるコータに、サチはくすくすと笑い始めた。
「ねえ、それ逆だよね。私が初めてじゃなくて、私がコータに後悔してないって聞くならわかるけど、私が初めてだったからって、コータが後悔してないかって訊くのは、高校生ならわかるけど、結婚してから訊くなんて、すごく変だよ」
 確かに、未成年で、経験豊富な男が初めての女の子を相手にしたら、確かにそう聞くかもしれないが、初めてだろうが、初めてでなかろうが、コータとサチは互いに愛し合って結婚したのだから、相手の結婚前の男女関係を黙認する程度の許容力はあるはずだった。
「そっか、コータ、あたしが初めてじゃないと思ってたんだよね。だから、初めてだったって知って、ショックだったんだ」
 そう言われてみると、それは事実とは違った。
「あたし、コータから尻軽な女だと思われてたんだ」
 寂しげに言うサチに、コータは頭を大きく横に振った。
「違う。俺は、そういう意味じゃなくて、俺が先に他の相手とそういうことしたことあったことが後ろめたくて・・・・・・」
「美月さんとでしょ」
 サチの言葉に、コータは次の言葉が出なかった。
「でも、あたしは、最初の相手がコータで良かったって思ってるし、コータと結婚出来て良かったって思ってるよ」
 サチの言葉に、コータは救われたような気がした。
「俺も、サチと結婚出来て嬉しい。サチの最初の相手になれて嬉しい」
「コータ、それ間違いだよ」
 サチの言葉に、コータが首を傾げた。
「あたし、浮気はしないから、あたしの人生で、コータが最初で最後の人だよ」
 サチは言うと、ぎゅっとコータの事を抱きしめた。
「サチ、愛してる」
 コータは言うと、サチをぎゅっと抱きしめ返した。

 ベッドの上でまったりと過ごす二人に、時計の針は容赦なくチェックアウト時間が近づいていることを告げた。
「そろそろ、支度するか」
 コータは言うと、寄りかかるようにして体を預けて横になっていたサチの顔を覗いた。
「広いベッドもいいけど、やっぱり、いつもの二人で体をぴったりつけて寝るベッドであたしたちには十分だね」
 サチは言いながら体を起こすと、ゆっくりとベッドおら降りて着替えを始めた。
 サチも薄々感じてはいるが、いまのコータとサチには行く場所はない。たぶん、あのアパートに帰ればコータの父の手の者が待っていて、再びコータとサチは離れ離れにされてしまう。だからといって、こうやってどこかに停まり続けるだけの資金も二人にはない。
「サチ、おふくろの墓参り、行ってもいいか? サチを紹介したいから」
 コータの言葉に、サチは笑顔で頷いた。
 コータも遅れをとらないように着替えを済ませると、荷物に手をかけた。
 そのコータの手の脇にサチが手を伸ばし、二人の指に輝くホワイトゴールドの指輪が二人の幸せの輝きのようにキラキラと朝日に光った。
「コータのお母さんに報告したら、喜んでくれるかな?」
「当然だよ。母さんは、俺の幸せを願ってくれているから」
 コータは言うと荷物を持ち上げ、サチの手を引いて部屋を後にした。
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