君のいた時を愛して~ I Love You ~
 サチからというよりも、父からサチの家族の悪口は散々聞かされていたコータは、父のような人種から見たら、『存在価値のない』自分のような人だと思っていたサチの母親とその子浅い相手が、常識も通じない相手だとわかった以上、サチを守るためには、本当にどこかに姿を隠すしかないとコータが考えていると、アパートの住人が突然、部屋を訪ねてきた。
「いま、テレビでやってたんだけど、あの二人、捕まったらしいよ」
 意味が分からず、コータとサチがきょとんとしていると『ヤクだよ、ヤク。あの二人、堅気には見えなかったけど、覚せい剤やってたんだって』と言葉が継がれた。
 あの男が、日頃から飲んだくれていることは知っていたが、まさか覚せい剤を使っていたなんて考えたこともなかったサチは、あまりの事に言葉が出なかった。
「しばらくは、平和になるってことかな。さすがに、更生するまで、サチだって、きっちり預かってもらいたいよな」
 コータは言うと、まだ怯えたような眼をしているサチを抱き寄せた。
「やっぱり、引っ越そうか」
 コータの言葉に、サチは頭を横に振った。
 きっとサチ一人だったら、あのまま怯えて何もできず、警察すら呼べなかっただろう。でも、このアパートに居れば、何かあった時、誰かが助けてくれる。サチはそんな気がした。
「じゃあ、もう少しお金が貯まるか、昇給したらにしよう」
 コータの言葉に、サチはコクリと頷いた。

 サチとしても、二人だけのプライバシーのある部屋は欲しいと思っているし、薄い壁で、音が筒抜けの部屋で愛し合うのには抵抗もあるし、勇気もいる。翌朝、コータを見送った後、洗濯場で『若いっていいねぇ』などと言われて、顔から火が出るような思いをするのには、今でも慣れない。でも、なぜだかサチは、このアパートの人たちと離れたくないと思うようになっていた。
 このアパートの住人は、突然コータの部屋に住み始めたサチを部外者扱いすることなく、困っていれば助けてくれたし、アドバイスもしてくれた。土地勘のないサチに、コータの勤めているスーパーや、近くのリサイクルショップや色々なイベントの事を教えてくれたのも、このアパートの仲間だった。
「コータ、ありがとう」
 サチは言うと、コータをしっかりと抱きしめた。
「こちらこそ。サチの通報のおかげで、これ以上怪我しなくて済んだし。やっぱり、PHSって持ってると役に立つんだなって、今回の事でも実感したよ」
 コータは言うと、赤く腫れあがった頬をさすりながら笑って見せた。

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