クールな社長の耽溺ジェラシー


「あー、あっつい。蒸れたー、頭ぺったんこになったし」

スタジアムの外へ出ると、荒っぽくヘルメットを取った広瀬さんは頭をくしゃくしゃと掻いた。蒸れたというわりには、汗の匂いどころかシャンプーのいい匂いがしてくる。

「たしかに八月に長袖は厳しいね。まぁ、仕方ないことだけど」

正司さんはヘルメットを脱ぐと、額の汗を拭った。愚痴をこぼすにしてはさっぱりとした笑みを浮かべていて、色素の薄い髪は蒸れというものをいっさい感じさせずにさらりと流れている。

「もう、作業着脱いでいいですよね? ホント、いくら薄手っつっても長袖とか無茶ですよ」

広瀬さんは顔をしかめて作業着を脱ぐとTシャツ一枚になった。夜になったとはいえ、昼間の熱をまだ引きずっていてムンとしている。私も袖をまくって、手で首元をあおいだ。

「こなっちゃん、脱がなくていいの? 暑いっていうのもあるけど、恥ずかしくね? 作業着」
「もうすぐ車ですし、いいかなって。広瀬さんこそ、いいんですか? 閂建設をアピールしなくても」

作業着の胸元に刺繍されている、丸くデフォルメした門構えに一本の線が描かれた社章を指差す。その下にはローマ字で小さく社名も記されている。

スーパーゼネコンは高収入というイメージがあるのか、女性の食いつきはいいらしい。

けれど現場の話が出た途端「汚い・きつい・危険」という3Kがつきまとい、一気に圏外へ落ちることもあるようだ。あと作業着の洗濯が面倒そう、とか。すべて広瀬さん調べ。

「社名のアピールは飲み会でしか使わないの。ったく、業者が入り過ぎなんだよな」

今日は工事が終わったばかりでたくさんの業者が入っていたので、邪魔にならないように車を近くのパーキングに停めた。そのせいで蒸し暑い夜道を三人で歩くはめになっていた。

まだ夜を迎えたばかりの街は多くの人で溢れていて、会社帰りの人やデートをしているカップル、ガイドブックを手にした観光客もいる。そのなかを作業着で歩くのはたしかに少し恥ずかしかった。


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