Hybrid
緊張を解き、早速リュックからノートとシャーペン、消しゴムを取り出す。その様子を彼は不思議そうに見つめた。
とりあえず、現時点で分かっていることと分かりそうなことを書き出してみる。

・彼らは言葉を持つ
・彼らは個体間で意思の疎通ができる
・彼らは個体間で名前という概念を持つ
・彼らは集団行動ができる

「………なんだそれ?なにやってるんだー?」

彼は興味津々、という感じで覗き込んできた。

「君達について分かったことを書いているのよ」
「かく?」
「うん、文字を書いているの。今私達って、こうして言葉で会話してるでしょ?」
「うん!」
「それを、形にして残してるのよ」
「かたちになるのか?」
「できるんだよ〜。それが文字のすごいところなの」
「へえぇ〜!すごいな、モジってやつ!こんどぼくにも教えて〜!」
「?……い、いいけど(その短い翼で書く気か貴様」
「やった〜!!」

嬉しそうに羽をばたつかせているが、短い、短すぎる。その翼では恐らく飛ぶことも出来ないだろう。
喜ぶ彼を横目に書き込む。

・飛べない種類もいる
・恐らくダチョウやレア等の雑種と思われる

「で……私をどこに連れて行くのかな?」
「ぼくたちのスミカー」

ノートに走らせていたシャーペンの芯が折れた。貴重な芯を無駄にしてしまった。
わ、私は彼らの住処に連れて行かれるというのか。


な、なんと素晴らしい展開なのだっ!!
お、美味しすぎやしないか!?


こ、これは恐らく作者が手を回しているに違いない!!なんとご都合主義なんだてめぇ!!
……すみません何でもありません。

彼はルンルン気分という感じ全開で立ち上がった。
途端に威圧感が増した。やはりこの巨体は相当なものだ。

「じゃあ、いっしょにきて!」
「りょ、了解っ」

ビシッと敬礼をしてみたが、見えただろうか。


彼は既に走り去っていた。


速すぎねぇかおい?

と思ったら戻ってきた。彼奴が歩く度に発生する振動は疲れた足に響く。

「いっしょにきてっていったのに〜!」
「いやその速さじゃ無理だ。ゆっくり歩いてくれるかな?」
「あるく?」
「あー……あ」

人間の上半身にダチョウのような下半身が引っ付いている彼の背中は、ちょうど馬の背のように乗りやすそうだ。
乗り心地は最悪だろうが。

「じゃあ、背中に乗っけてよ!」


恐る恐る切り出してみた途端、彼の纏う空気がピンと張り詰めた。

「………!」

彼は私の言葉に何の反応も示さず、突然キョロキョロとし始めた。
鼻がヒクヒク動いている。恐らく何かの臭いを嗅ぎつけたのだろう。
その動作を見て閃いた。素早くノートに書き込む。

・ダチョウ型の彼は嗅覚を頼りに獲物を探す
・ダチョウ型の彼は恐らく死肉食である(仮)

彼は、先程私が怪我をした際に辺りに漂った血の臭いを頼りにここまでやって来たのだ。
地面を踏むごとに起こるこの振動の大きさからして、恐らく相当遠い範囲の臭いも嗅ぎつける。
サメかお前は。

私が書いている間に狙いを定めたようだ。
一方向を見据えて動かなくなった彼は、ボソリと呟いた。

「………よりみち、してもいい?」
「ついて行きますどこまでも」

狩りの様子を見せてもらえるなんて、あまりに美味しすぎないか!?
大丈夫かこの作者!?……すみません何でもありません。

彼は全く音を立てずにしゃがみ込んだ。スタートの姿勢でもとったのかと思ったが、間もなく私の為にしゃがんでくれていることに気づいた。

素直に背中に跨らせてもらう。
ゴワゴワした細長い毛並みからすると、ダチョウと言うよりレアやエミューとの雑種のようだ。羽毛が茶色いのも説明がつく。

この発見を今すぐにでも書き残しておきたかったが………後回しだ。

私が乗っかった途端、彼はすっと立ち上がった。
それは静かで滑らかでとても優美な動作だったが、背中に乗り込んだ私は勢い振り落とされそうになった。

彼は助走もつけずに走り出した。


うーん……ダチョウだ。
いや、体感だがそれ以上かもしれない。


必死に彼の人間の胴体部分にしがみつく。
髪が後ろに靡いてバサバサと音を立てる。それすらも聞こえない程、風を切る音が三半規管を支配する。

速い。
とにかく速い。

この巨体でこの体重でこの速度……これにぶつかられれば木も根こそぎ持ってかれる訳だ。
体当たりなど食らわされれば、ゾウだろうがサイだろうがなぎ倒されてしまうだろう。シカなどは衝撃で骨まで折れてしまうかもしれない。
恐るべきハンターだ。

して、どうやって止まるつもりだろうか。

……考えないでおこう。チビりそうだ。
チビではないからな私は。身長154cmはチビではない。デカくもないのは知っているが。

しかし、一体どのぐらいの距離を走っているのだろうか。速すぎて景色など全く楽しめないが、どこまで来ているのか私は。

彼が急に右へカーブを切った。

こ、この巨体でこのスピードで、小回りが利くだとっ!?
とか思いつつ落ちそうになったのでしっかり腕を巻き付ける。リュックの中の食糧が今の遠心力で思いっきり寄り弁になっただろうと思いを馳せる。

目の前に深緑の服があった。長さからしてローブだろうか。彼は恐らく海外出身なのだろう。顔も西洋的な顔立ちだった。
肩口に顔を埋めると、獣臭とは程遠い、爽やか〜な香りがふわりと鼻腔を満たした。上目遣いに獲物を狙う真剣な表情を窺う。


―――今初めて彼が相当な美形であることに気づいた。


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