治癒魔法師の花嫁~愛しい君に誓いのキスを~
 美しく綺麗なところは、何一つ変わらなかったけれども。

 そこには、これから激戦区に赴くラルフと……いいや。

 ラファエル・フォン・シュヴァルツシルトに見劣りしない、立派な貴族の軍人がいた。

「……貴殿に戦いの女神の加護がありますように。
 ご武運を。ラファエルどの」

 貴族の作法に則ってかける言葉も、右手を左の心臓の上に置く所作も、完璧。

 更に、返す手で空中に特殊な円を描いて、そのまま自分の足元を指さし『トール』と呟けば。

 夕方の光に照らされ、長く伸びるリーゼの影の中から、翼の生えた白銀の馬が躍り出た。

 召喚された見事な白銀の天馬にひらりと跨り、自分と肩を並べる彼女を、ラファエルはもはや、リーゼとは呼べなかった。

「リーンハルトどの……貴殿の祝福を感謝する」

 男装したリーゼの名前を呟けば、そこに愛しい面影を見失いそうになる。

 ラファエルは、全てを振り切るように、黒く、長い旅装のマントをひるがえすと、黒馬に鞭に鞭をあてた。

 ヒ、ヒヒーン

 彼の忠実な愛馬はいななき、一瞬竿だちになると、草原を駆けだした。

 そして男装のリーゼ……いいやリーンハルトを振りかえること無く遠ざかってゆく。

 そんなラファエルの後ろ姿を見送りながら、完璧に男装したはずのリーゼは、ささやいた。

「死なないで……ラルフ」

 自分の愛馬のたずなを握りしめた、女性にしては武骨なその手の甲にぽたぽたと、落としてしまったのは『リーゼ』としての心の欠片。

 男装をし、リーンハルトと名乗っている時は、決して見せることなんてありえない真珠の涙だったのだ。


 ………………


 …………







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