治癒魔法師の花嫁~愛しい君に誓いのキスを~
 パウルは熊を思わせるような大柄の体躯の男。

 その赤銅色の髪が短いのは、彼が『ヒト』ではなく『モノ』として扱われる者だった。

 歴史の表舞台に出ず、王家を裏から支える者の証だ。

 もともとパウルは、王家を飾る装飾品として公式行事の時などに玉座の後ろに立ち、王と王妃を守る役目だった。

 国の威信を損なうことなく、誰よりも強く、そして美しくと特殊な訓練を受け、王家の誰かの命令でしか動かない裏近衛だった……のだが。

 リーンハルトが立てた数々の数々の手柄のうち。

 暴漢に襲われた王妃を守った事の褒美として、パウルはヴァイスリッター家に下賜されたのだ。

 パウルの家は先祖代々一生、王家に直接『モノ』として仕える家だ。

 それを鑑みると、前代未聞の配置転換になったと言っていい。

 今まで、どこにも流出することはなかった王家の威信を賭けた装飾品。裏近衛のパウルを得たリーンハルトは、褒美になるだろう。

 しかし『モノ』としてやりとりされたパウル本人にとっては、左遷だ。

 本来ならば、暴漢に襲われた王妃の危機は、パウルが回避させなくてはいけなかったのに。

 たまたま側に居たとはいえ、他の貴族に助けてもらってしまえば、降格してしまっても仕方がない。

 しかも、パウルの仕事を横取りし、新しく主となった男は、自分よりたっぷり五歳は若い。

 リーンハルトが公式の試合では負けたことのないことは知っているが、実戦で戦うにはあまりにも華奢に見えた。

『モノ』であるパウルが『ヒト』の開催する公式試合に出ることはないが、戦えば自分が簡単に勝てるお飾りの剣だとパウルは思う。

 そんな奴に、命を賭けて仕えなくてはいけないなんて!

 腹が立つことこの上ないがいくら不満に思っていても『モノ』である以上、口ごたえはできない。

 王族の気まぐれに踊らされるただの玩具でしかない腹いせに、パウルは唯一誰からも縛られることのない心の中でリーンハルトを散々莫迦にしていたのだが。

 リーンハルトの『持ち物』として一緒に戦場を駆け抜け、戦っているうちに見方を変えた。

 彼は、どんな時でも冷静だった。

 何があっても沈着で、取り乱すことはない。

 王国一を誇る剣技は、実戦でも敵を確実に仕留めた。

 用兵の腕の確かさは、何度窮地に陥った味方の兵を救ったことだろう。

 リーンハルトは、平均的な男子としては、かなり小柄だが、触ったものは何でも切る、鋭い刃のような働きが頼もしかった。

 二人で過ごした二年間が、そうやってパウルのリーンハルトへの評価を上げたのに。

 今日は、僅か四分一刻(約三十分)も満たない僅かな時間で全てが崩壊しそうになっていた。
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