一円玉の恋
「杏子さんに夜中、食べてもらいましたよ。美味しいって言ってもらえて嬉しかったです。」

と自慢気に答えると、
「はああ!なんで食べさせたの!」と怒り出した。
そんなの知るか、こっちの勝手だと思ったが、

「だって杏子さんお腹空いたって言ってたし、食べたいって言ったから。」

と言い訳をしてみた。
すかさず山神崇が、「だけど、俺のだよね。」と不機嫌な声で聞いてくる。
アンタは子供か?三十のオッさんなのに、あ〜朝から面倒くさいと思いながらも、

「でも、山神さん送ってもらってたから、御礼に食べて頂いてもいいと思ったんですよ。また作ればいいかなって思って。だからね、今度作りますよ。ね。」

と宥めようと思わず、山神崇の目を覗き込んで微笑んでしまった。

山神崇が、一瞬瞠目してすぐに目を逸らした。まだ、拗ねてんのか?本当めんど臭い人だね。

「俺昨日なんかした?脇腹にアザできてるんだけど。」

はは、アザね…さあ知らないね…。

「……。なんか?ああ‼︎杏子さんとキスしてました。くらいかなぁ…。あっ私行かないと。今度は遅れる!行って来まーす。」

と、やばい本当に遅れると思って慌てて玄関に走って行った。

靴を急いで履いて玄関を開け、エレベーターホールで、エレベーターのボタンを連打する。
こういう時、最上階って困るのよ。
やっぱり私には二階建てのあのアパートがあってる。身の丈以上の事は望まない。
やっと来た、エレベーターに素早く乗り込む。
あれ、いつの間に居たの?か、山神崇が続いて乗って来た。
また、走りに行くの?若いねー。

チーンと一階に着いて扉が開いた。
走り出そうとしたのに、気づけば山神崇に後ろから抱きすくめられていた。
えっ!なに?
「危ないから、慌てるな。」と耳元で囁かれ、その腕はすぐに私を解放した。
何が起こったのか、分からずにエレベーターを降りて振り返った。
だがその時にはもうエレベーターは上がって行ってしまった。
山神崇の表情は見えない。
いつもと違う声色と、抱きしめられた感触が残っている。
昨日よりも今朝よりも強く残っている。
< 26 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop