一円玉の恋
男が鬱陶しそうにやっと立ち止まって振り向いた。

「なに?」

「いや、お金落ちましたよって言ったんですけど…はい。これ。貴方のです。」

と自分の手のひらに一円玉を乗せて軽く笑顔を作って男に見せたが、

「ああ、だからいらないって言いましたよね。」

と尚も鬱陶しそうに言ってくるので、

「でも、これ貴方のお釣りですよね。貴方のですよね。」

と至極もっともな事を男に言った。

「うるさいなぁ。俺、あんま小銭持つの嫌なんだよね。重いし。それに、それ一円だよね。い、ち、え、ん。たかが一円くらいで追いかけて来て渡されても、財布開けるのもめんどくさいよね。だからアンタにあげます。」

と不機嫌に言ってくるので、こちらも負けじと、

「はあ!いりません。なんで知らない人にお金貰わないといけないんですか?お返しします。」

と見せる為に手の平に乗せていた一円玉を、グッと握って男の顔の前に突き出した。

そんな私を、男が嘲笑って、

「アンタが要らないなら、その辺に捨てといてよ。それか一円玉落ちてましたって交番に届ける?あっそうだ。アンタのコンビニの募金箱にでも入れといてくれてもいいよ。」

と言うので、私もだんだんと腹が立って、

「はあああ!なんで私がそんな面倒くさいことしないといけないんですか?とにかく、受けっとって下さい。」

と一円玉を握っている手を更に男の前に突き出して、

「あのね、私のおばあちゃんが言ってました。一円を笑う者は一円に泣くって、これ有名な古い言葉です。元々一銭を笑うものはって言われてたみたいですけど、だから一円も無駄にしては駄目なんです!」
< 3 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop