一円玉の恋
「ちょっと、アンタ!人のテリトリーで何やってんのよ!ったく誰彼構わず女と見れば盛って。下半身に節操の無い男なんてやーね。」

と杏子さんが、私に馬乗りになっている男に息巻いている。

「なんだ、杏子。もう少し遅くても良かったのに。別に俺は誰彼構わずって訳でもないよ。」

と男はやれやれといった態度で私から離れようとしている。
私はまだ完全に離れ切っていない男の身体を跳ね除けて、杏子さんの後ろに急いで隠れた。
押さえ付けられていた両手首は痛いし。
身体は恐怖でブルブルと震えている。

そんな私を確認しながら、杏子さんが、

「で?アンタこんなに、翠ちゃんをビビらせてどういうつもり?」

と山神崇に聞いた。

「んー。危機意識の再確認かな。前のアパートなんて論外だけど、こんな素敵な所でも危ないよって。ちゃんと警戒しとかないと、いつか誰かに襲われるぞって、分かってもらおうと思って。」

とゆらゆらと立ち上がった、山神崇が悪びれもせずに宣った。

「それって、営業妨害よね。」

「ま、そうだね。杏子には悪いけど、翠ちゃんはここには住まわせられないな。やっぱり、飲み屋の上って危ないでしょ?それにセキュリティ面も怪しいしさ。だからこれからは俺が責任を持って翠ちゃんの部屋は探すよ。」

「アンタが一番危ないでしょ。ま、いいわ。アンタがそういう態度なら、アタシは無理には進めないわ。それより、人のマンションにケチ付けないでくれる。一度たりとも犯罪は起こってないわよ。」

と借りる当人を差し置いて話しが進んでいる。えっ、私の意思は?とまだ震える身体を抱きしめながら、ひょこっと杏子さんの背中から顔を出す。
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