一円玉の恋
家の玄関を開けると、山神さんの靴はあるのに電気が付いていない。
寝てるのかな、と思いながら、玄関でストッキングを脱いで、脱衣所でジャケットを脱いで絞って、濡れた廊下を掃除しながら、キッチンに向かった。
帰るつもりにしていた予定時間よりも、二時間は遅れてしまったので、急いで作らないと、と冷蔵庫を開けながら夕食は何にしようか悩んでいた。
だが、背後に誰かいる気配がして振り向くと、山神さんがゆらっと立っていた。驚いたがその佇まいに逆に声が出ない。なんか変。なんか怖い。

「た、ただ今帰りました。」

「遅かったんだね。夕方には帰るような事言ってなかった?」

「あ、すいません。友達と久しぶりにゆっくり話してて、こんな時間になっちゃいました。お腹空きましたよね?急いで作るので、もう少しだけ待っててもらえますか?」

「ふーん。そうなんだ。それってさ、女?それとも男?」

「えっ、女の子ですが。」

「ふーん。そう。」

明らかに山神さんの雰囲気が変だ、なんか、杏子さんのマンションの時を思い出す。
一瞬だが下から舐めるように見られた気がした。
山神さんの目に、妖しさが灯っている。
スッと私の胸元を指差して、

「ほら下着、透けてるよ。ちゃんとシャワー浴びて、着替えておいでよ。」

と優しくは言ってくれるが、どこか声は冷気を帯びている、

「ご飯は俺の分はいいから、今から出かけてくるよ。帰りも遅くなると思う。じゃあ、おやすみ。」

と言って、キッチンを出て行った。

その後ろ姿を見送っていると、さっきまでの怖い気持ちが消え、今度は何故か急に切なくなる。
雨が降っているからかな、と思いながら、お風呂に入れば気持ちも落ち着くだろうと、準備をした。
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