触って、抱いて、もっと愛して。臆病な令嬢は貴公子の一途な熱情に蕩かされました(原題「その身体に触れたら、負け」)
 見覚えのある男が彼女にねっとりとした視線を向けているのに気づいたのは、彼女が離れてすぐのことだった。こちらから見ればあからさまなのに、当の彼女が一向に気づく様子がない。
 あんなに男を怖がるくせに気づかないとは、よっぽど鈍いのか、それともなにかに気をとられているのだろうか。あの視線は不快だ。胸騒ぎがする。早く気づかないだろうか。

「眉間に皺が寄っていてよ、フレッド」

 アイリーンがステップを踏みながら軽く笑って指摘する。オリヴィアが離れてまもなくやってきた彼女と踊り始めたものの、フレッドの気はそぞろだった。

「とうとう彼女に本気になった?」

 くすりと笑うアイリーンを前に、フレッドはなんとも言えない複雑な気分で眉を下げた。
 今日、久しぶりにオリヴィアに出会った瞬間、その美しさに息をのんだ。しばらく挨拶を忘れるほどだった。
ドレスも髪もこれまでと大差ないはずなのに、はにかむように笑うさまからは、これまでのよそよそしさが薄れていたからだろうか。化粧をした目もとは大人びていたが、だからというわけではないように思う。

「かもしれません」
「珍しく弱気なのね。それともそれが本気の証なのかしら」

 結婚相手が「氷の瞳」のオリヴィアと知ったときは、これといって感慨はなかった。
 女性など皆おなじだ。自分をいかに「高く売るか」に余念がなく、ときに自分以外の誰かの醜聞に耳をそばだててはおとしめる。媚びとわざとらしい甘えを含んだ上目遣いでフレッドにすり寄り、そのくせ次男だと知るとすぐさま離れて行く。しかも、フレッドが優秀な騎士を代々輩出してきた名門アルバーンの男でありながら騎士になるつもりがないと知ると、露骨に落胆する。
 フレッドはそんな彼女たちの相手をするのに辟易していた。

 だが話をしてみると、彼女には媚びや甘えがなかった。それどころか、フレッドの世辞を──あながち世辞でもなかったのだが──ぴしゃりとはねつける。つれない態度を崩さない。相手に媚びないのはありがたがったが、それはそれで面白くなかった。

 だからついわからせてやりたくなった。彼女の唇は自分のもので、自分たちは夫婦になるのだと。
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