触って、抱いて、もっと愛して。臆病な令嬢は貴公子の一途な熱情に蕩かされました(原題「その身体に触れたら、負け」)
「でも彼女には敵わないわね。あの方は私の評判をご存知でしょうに、一度も私を見下げなかったわ。フレッドと親密にしたことには腹を立てておられたけど」

 音楽に合わせてドレスの裾が軽やかに揺れ動く。フレッドは思い返してかすかに眦を下げた。

「……これを機にアイリーンも御主人にぶつかってみてはどうかな。もうじゅうぶん反応をうかがったじゃないか」

 彼のリードに難なく合わせるアイリーンが、初めてもたついた。

「……フレッドには関係ないわ」

 アイリーンが彼の足を踏む。

「手の届かない相手じゃないんだ。手遅れになる前に、正直な気持ちを伝えた方がいいと思うよ」

 顔を歪めたアイリーンに、フレッドは最後に本心から微笑んだ。

 ちょうどそのとき、彼女の肩越しにオリヴィアと目が合った。
 彼女が気まずそうに視線を外してテラスの方へと足を向け、庭園へ降りる。その後を男が何気ない風を装って追うのが目に入る。嫌な感じの目をしていた。まるで舌なめずりするような。

 フレッドはアイリーンに短く断ると、急ぎ足で男の後を追った。

 人の波をかき分けてどうにかテラスへと出る。そのまま庭園へ通じる階段を下りれば、庭園の奥の方からオリヴィアの張りつめた声がかすかに聞こえる。駆け足になった。
 ようやく二人の姿を視界にとらえる。

 だが、彼がほっとするまもなかった。自分に背を向けた男の向こうで、彼女がくずおれる姿が目に突き刺さった。
 フレッドの目にはそれがスローモーションを見ているかのように、やけにゆっくりと映った。
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