触って、抱いて、もっと愛して。臆病な令嬢は貴公子の一途な熱情に蕩かされました(原題「その身体に触れたら、負け」)
「こんなときに言うべきじゃなかったね。柄にもなく焦ってしまったな」

 淋しげな表情だった。

「今すぐどうこうしようなんて考えていないから、安心して。僕たちは婚約者だから、何かあったら遠慮なく頼ってくれ。それくらいの意味合いでいいよ」
「でも」

 そのときドアをノックする音が二人のあいだに割って入り、彼女は口をつぐんだ。

「お水と濡れタオルをお持ちしました」

 オリヴィアがとっさに離れると、フレッドがドアに向かった。

「ありがとう。頼んだ覚えがないけど?」
「コーンウェル卿から、こちらにお持ちするようにとのことでした」

 なぜコーンウェル家の名前が出てくるのだろう。彼女自身はアルディスの宰相家と親しくはない。さきほどのできごとがもう出席者に知れてしまったのかと思うと、血の気が引いた。

「わかった、後で行く。それから馬車を呼んでくれ。彼女を屋敷へ帰す」
「わかりました。少々お待ち下さいませ」

 ドアが静かに閉まる気配がした。オリヴィアが顔を上げると、フレッドが水と濡れタオルを持って戻るところだった。

「大丈夫、きみが心配することは何もない。これを」
「フレッド様こそお使いになって。手を冷やした方が良いですわ」

 オリヴィアは彼の右手に目を走らせた。手の甲が赤く熱を持っているようなのだ。
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