触って、抱いて、もっと愛して。臆病な令嬢は貴公子の一途な熱情に蕩かされました(原題「その身体に触れたら、負け」)
 ところが彼は苦笑しながらその手をひらひらと振る。

「こっちは大したことないよ。もっとやれば良かったくらいだ。それより、そのままだとまた目が腫れてしまうよ? 化粧ではごまかせなくなる」
「やっぱり意地悪ですわ、フレッド様は」

 前半は何のことか良くわからなかったけれど、そのからかうような口調のおかげで肩の力がふっと抜けた。きっと今のも、自分の気を楽にさせるためにわざとそんな言い方をしたのだろう。

 差し出された濡れタオルを素直にまぶたに当てる。乱れていた鼓動が少しずつ落ち着いていく。

「もうすぐ迎えが来る。今日は帰って休んだ方がいい。僕が送ってあげたいところだけど、用ができたから行かなくては」

 フレッドが気遣わしげな顔で、「はい」と答えた彼女の顔を覗きこむ。そのまま彼が腰を上げようとするのを、無意識のうちにテイルコートの裾をつかんでいた。

 フレッドが振り返り、目を瞬く。
 われに返って、オリヴィアはぱっと手を放した。

「ご、ごめんなさい」
「いや、どうした?」
「いえ、あの」
「うん?」

 言い淀む彼女を、こちらへ向き直ったフレッドが覗きこむ。
 この人はいつも顔を覗きこんでくる。しかもそれがこれまでより優しい表情でとまどってしまう。
 どうして引き止めてしまったのだろう。

「……もう少しだけ、ここにいていただけたらと」

 フレッドが、驚いた様子で一拍おいてから、目もとを甘く緩めた。
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