国王陛下の庇護欲を煽ったら、愛され王妃になりました
 その時だった。近くの木々が不自然に揺れた。ガサガサと音を立て、なにかが飛び出してきた。獣か。二頭の獣。

「ヒッ、きゃあ!」

 ノエリアは悲鳴をあげてしまったけれど、飛び出してきたのではなく、倒れ込んだらしい。そして、よく見ると獣ではなく人間だった。

「う……」

「えっ、うそ。なに?」

 重なるように倒れたうちのひとりが、びしょ濡れで泥だらけの顔をノエリアに向けた。

「た、助けてくれ」

 どうやらどちらも男性だ。ノエリアは考えるより先に、そのたちのそばにしゃがみ込んだ。スカートが泥で汚れるのも気にせず、手を差し出す。

「しっかり。屋敷はすぐそこです。歩けますか?」

「わたしは大丈夫。彼が……」

 話せるほうの男性が、ぐったりとしているほうの男性を抱き起こす。頬を叩き、声をかける。

「しっかりなさってください。もう大丈夫です」

「早く、こっちへ」

 ノエリアはぐったりしている男性を支えることに手を貸し、急いで屋敷へ戻った。
 玄関を開けると三人は転がるようにして中に入る。雨が吹き込むといけないからノエリアは立ち上がってドアを閉めた。転がって消えてしまったランプを廊下の端に追いやってから、頭のスカーフを外し、倒れて動かない黒髪の男性の頭に敷いた。先程、うつぶせで倒れていたからかもしれない。顔が泥だらけで人相が分からない。唸って、頭を動かしたので生きてはいるようだ。

「マリエ! 手を貸して!」

ノエリアが叫ぶと、奥からマリエが走ってきた。

「お嬢様、どうなさ……えっ」

 ただごとではない雰囲気に驚きつつもマリエはおろおろすることなくノエリアのそばに来た。動けるほうの、茶色の髪を持つ男性は黒髪の男性に声をかけている
 ふたりとも、雨に濡れ泥だらけの顔をしているが、青年だ。

「畑に倒れていたの。助けましょう。湯を沸かして」

「すまない。わたしは、リウ・ベックと申します」

「わたしはノエリア・ヒルヴェラです。では、リウ様。話はあとにしましょう。部屋に運びましょう」

 ノエリアは全身泥だらけで髪から滴る水滴もそのままに、リウと名乗った青年と共に、黒髪の青年を一階の空いている部屋に運び入れた。


「このままでは風邪をひいてしまいます。服を、脱がせなければ」

「……失礼」

 リウは、腰から短剣を取り出した。そのことに驚いたノエリアだったが。泥に汚れた服を短剣で裂いて脱がせ始めたリウを手伝うことにした。上着を引き裂く音が部屋に響く。露わになった青年の胸が鍛え上げられたものであったので、ノエリアは目を背けた。顔が赤くなるのを感じる。

(こんな時にわたしったら。でも、こんな逞しいのは村のひとじゃないのかしら)

 リウが破いたのは、とてもいい生地でヒルヴェラ家ではとても買えないような代物だ。刺繍が施してあり上品。
袖を引き抜くと、黒髪の青年が顔をしかめた。

「うぁ……!」

「大丈夫ですか。しっかり……」

 引っかかったのだろうかと左腕を見てみると、肘のあたりにざっくりと切り傷が走っていた。

「酷い怪我!」


 まだ血が出ている。こんな傷でよくヒルヴェラの屋敷まで山道を歩いてきたものだ。

(滑落の傷ではないと思う。これは、剣の傷では)

ノエリアは、そう判断した。リウは黒髪の青年を抱き上げてベッドに乗せたので、ノエリアは体に薄手の毛布を掛けた。そこで、ドアがノックされる。

「どうぞ」

「ノエリア様、お湯をお持ちしました」

 マリエが桶にお湯を持ってきてくれた。一緒に何枚か汚れを拭く用の布も用意してくれていた。

「ありがとう。それとね、マリエ。ガーゼと綺麗な布をたくさん、それと、薬草箱を」

「承知しました」

 ベッドの上と血と泥にまみれ破れた服が捨て置かれた有様を見ても動じないマリエはやはり頼れる。感心しながら、お湯の入った桶を引き寄せた。

(こんな重い桶を軽々と)

 動かなかったので、リウが引き寄せてくれた。

「あれ、結構重いのによく彼女はひとりで持ってきましたね」

 そう言ってリウが少し笑った。同じことを考えていたので、ノエリアも少し心が解れた。

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