無感情なイケメン社員を熱血系に変える方法
「羽生くん?」

彩月は酔いが覚めてきたのか、いつもの羽生呼びに戻っていた。

「駿太郎でいい」

駿太郎も少しは酔っているのだろう。このままでいたいと言う気持ちが、彩月に甘える姿勢に現れていた。

「どうかした?仕事辛い?それとも運動?」

彩月は、肩に額を乗せる駿太郎の顔を覗き込んだ。俯いているので表情は見えない。

駿太郎はそのままの態勢で首を振った。

「私ね、高校の試合のとき、怪我をしたことがあるんだ」

駿太郎から、空に浮かぶ月に視線を移した彩月がおもむろに語り始めた。

「最終トラック、ゴールまで後100mってところだった。隣を走っていたライバル校の子の靴が片方脱げて、転倒しそうになって、巻き込まれた私の方も転んじゃって,,,」

彩月の肩にのっている駿太郎の頭がピクリと動いたが、顔は上げない。

「けが,,,したのか?」

「うん、左足首の捻挫。結構ひどくて3ヶ月は走れなかった」

駿太郎は小学校3年のときに同級生を怪我させた悪夢を思い出して肩が震えた。

「その子、泣いて謝ってきて、なかなか落ち着かなくて大変だったの。陸上辞めるとか言うし」

駿太郎にはその気持ちが痛いほどわかった。

「私、県の強化選手に選ばれてたし、彼女とはライバルだったから」

「,,,恨んでないのか?」

「ううん。全然。元はといえば、サイズが合っていないシューズを進めてきたショップが悪かったの。試合中に靴が脱げるなんて論外でしょ?」

顔をあげて彩月を見つめる駿太郎の頭を、まるで大型犬を相手にするかのように、彩月が優しく撫でた。

「私はその時からスポーツショップの販売員になりたいって思ったの。彼女のように辛い思いをする人が少しでも減るといいなって思って」

彩月はニコニコといつもの笑顔で言った。

「だから、駿太郎もこの仕事楽しいって思ってくれたら私も嬉しいんだけど」

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