一途な御曹司に愛されすぎてます
 バトラーさんと一緒に専用エレベーターで一階まで降り、フロントでチェックアウトを済ませて、常駐しているタクシーを正面に回してもらう。


 せめてほんの気持ちばかりの心づけを彼に手渡そうとしたら、丁重に固辞されてしまった。


「そのようなお心遣いは無用です。それよりも矢島様、お忘れ物はございませんか?」


「はい。大きな荷物は昨日のうちに送ってしまったので大丈夫です。本当にお世話になりました。ありがとうございました」


「とんでもございません。私の活躍の場が少なくて寂しいくらいでした。次に当ホテルにいらしたときは、ぜひ私のバトラー技術を存分に発揮させてくださいませ」


 その言葉をありがたく聞きながら私は寂しく微笑んだ。

 私がこのホテルに来ることは、おそらくもう二度とないだろう。

 階上さんと会うことも、二度と。


「専務さんにくれぐれもよろしくお伝えください。専務さんのお陰でとても素晴らしい思い出ができて、私が心から感謝していた、と」


 その言葉を最後に、私を乗せたタクシーがゆっくりと動き出し、お辞儀をして見送ってくれるバトラーさんの姿が徐々に離れていく。
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