一途な御曹司に愛されすぎてます
 テンポが速くて情熱的なのに、どこか哀愁が漂う独特な曲調を満喫した宿泊たちが、演奏を終えた奏者に惜しみない拍手を送る。

 そして次々と人が立ち去って、ロビーが静けさを取り戻した。


 席に座ったまま演奏の余韻に浸っていると、私の目の前の木製テーブルの上に、小振りのお盆がスッと置かれた。

 黒い漆塗り盆の上には、淡い桜色をした陶器の徳利と、お揃いの色の御猪口。

 そして小花柄の赤絵の小鉢の中に、美味しそうなイカと大根の煮物が盛りつけられている。


「どうぞお召し上がりください。私どもからのほんの気持ちでございます」


 目を瞬かせながら顔を上げれば、細かい柄の小紋を着た四十代くらいの女性従業員さんが、柔和に微笑みながら立っている。

 意味がわからずにキョトンとしていたら、その人が上品な仕草で頭を下げながら言葉を続けた。
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