一途な御曹司に愛されすぎてます
 もう一度ロビーを見回してみたけれど、見えるのはやっぱり年若い旅行客ばかりで、専務さんらしき年配の人の姿はどこにも見えなかった。

 それでも間違いなく、この美しい和紙を介して自分の気持ちを私に届けてくれた人がいる。

 そう思うと胸の奥がポッと温かくなって、『せっかくだから遠慮なくご厚意を受けよう』という素直な気持ちになれた。


「……ありがたくいただきます」

 お盆に向かって軽く頭を下げて、見知らぬ専務さんへの感謝とお礼の言葉を述べてから、静かに徳利を傾ける。

 透明な液体で満ちた御猪口を口元に運ぶと、えもいわれぬ良い香りがした。

 ほんの少しの量を口に含んだだけで、温めの液体が一気に口の中で解放される感じがする。

 濁りをまったく感じさせない澄んだ味わいと、果物のような爽やかな吟醸香が、喉を通り過ぎた途端に雪が溶けるように潔く消えていった。

 すごい。お酒には詳しくないけれど、もしかしたらかなり上等なお酒じゃない?
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