出稼ぎ公女の就活事情。
♢♢♢♢♢


 目に見える景色というものは、心の持ちようでこんなにも違うものか。

 連なる赤い屋根も、色とりどりの道行く人たちの身に着けた揺れ動く布も、モフモフな耳や尻尾も。
 露店に並ぶ珍しい品物も。

 どれもこれまでは色鮮やかに心を踊らせてくれるものだった。

 なのに、馬車から降りて見た景色は、これまでと同じであるはずなのにどこか違った。

「リディア様、どうかなさいましたか?」

 ぼぅ、と街を眺めているわたしに、同じく馬車から降り立ち御者と話をしていたミラさんが声をかけてくる。
 今日のミラさんはいつものルグランディリア風の服装ではなく、わたしに合わせてか紺のブラウスに膝下丈の横にスリットが入ったタイトなスカートという姿だ。

 髪は編み込みにして、頭にだけ短い薄紫の布をターバンのように巻いている。

 ちなみにわたしはというといつもの外出スタイルである。

 お団子頭にワンピース、ペタンコ靴。
 ワンピースは袖の部分が透ける素材の五分袖で色は水色。腰のリボンを今日はミラさんの提案でお揃いの薄紫の布にしている。

 ただ一ついつもと違っていて。

 わたしはそっと右手を曲げて指先で自分の耳朶に触れた。

 指の腹に触れる硬い金属の感触。
 今日のわたしの右耳朶には、獣人の人たちが獣耳に付けるのとよく似た耳環がはまっている。


 昨夜。
 
 頭の中はグルグルのグチャグチャで、とてもベッドに入っても寝付けそうにないと思うのに、案外アッサリとわたしは眠りの淵に入っていた。

 人の気配に目が覚めたのは深夜をすっかり回ってからのこと。
 明け方近い時間だっただろう。

 誰かがすぐ傍らに腰を下ろしていた。
 最初は誰なのかわからなくて、ドキドキと不安と恐怖を押し殺しながら寝たふりをした。
 誰なのか、どういった目的なのかわからない以上、迂闊に動いて刺激するよりはひとまず寝たふりで相手の出方を伺うつもりで。

 けれどすぐに相手が誰なのかわかってしまった。

 そっと寝たふりで目を瞑るわたしの頬から、垂れた髪を払った長い指。
 その指の感触だけでわかってしまった。

ーーリルだ。

 リルがいる。
 すぐ傍ら、手を伸ばせば届くすぐ近くに。 




 
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