出稼ぎ公女の就活事情。
「ほんじゃまたなっ!」

 ブンブン手を振って部屋を出て行ったモンタさんを見送って、わたしは少し疲れたかな、とベッドへ潜り込んだ。

ーーモンタさんったらあんなに手を振り回して大丈夫かしら。

 まだ治りきっていないはずなのに、無理をしないといいのだけど。

 ぼふん、と枕に頭を乗せて、わたしは目を瞑る。眠ろうというわけではない。
 けれど視界を閉ざした方が思考がはかどるような気がしたのだ。

 わたしには考えなくてはならないことがある。

 リルのいう、『約束』というもののこと。

ーーわたしはきっと。

 忘れている。
 とても大事なことを。
 
 幼いあの日、あのお別れの日にしたのであろうリルとの約束を。

 おそらく、わたしは自分で『忘れた』のだ。幼いながらも、いや幼いからこそ、忘れるべきだと、記憶ごと封印したのだと思う。

 きっとそれはけして叶うことのない『約束』だと、そう思ったから。
 自分が傷つかないために、諦めるために、忘れた。

ーー思い、出さなきゃ。

 リルに会う前に。
 リルは後始末のためにこの一週間邸に帰れていない。
 
 けれど今夜は帰ってくる。
 必ず帰ると、そうリルは伝言をくれたから。
 だからその前に。


 ザァ、と唐突に外で雨音がした。

 わたしはベッドから飛び起きて痛めた足を引きずりながら、窓へ向かう。

 ドクドクと、胸の奥で音がした。

ーーあの日は、晴天の空で。

 リルが連れて行かれた後、わたしは泣き疲れて自室のベッドで眠っていた。

 ちょうど、今と同じように。
 そして。

ーー唐突に雨の音がした。

 通り雨だったのか、突撃の豪雨だった。
 わたしは窓へたどり着き、窓の外を覗く。
 あの日と同じように。

ーーリル?

 窓の外にはずぶ濡れの『リル』がいた。
 獣の姿で、ただじっとこちらを見つめていた。

「……そうだ」

 思い、出した。

 あの日、あの時ーー窓から部屋を飛び起きたわたしは『リル』の背に乗って、部屋にあった小さなカンテラを一つ持って城の裏手にある小高い丘に登ったのだ。

 そこでーー人の姿になった『リル』がわたしにくれた『約束』は。


 時を忘れて窓の外を眺めていたわたしの身体を、暖かくて固くて柔らかいものが後ろから抱きしめる。

「リディ?どうかしたんですか?」

 リルの銀に藍を潜めた瞳がわたしを心配そうに見下ろしていた。

「ーーリル、ごめんなさい。わたし」

 どうして忘れたりしたのだろう。
 獣人である『リル』がどれだけの覚悟を持って『約束』をわたしにくれたのか。

「リル。わたし、あなたのことが好きです」

 だからわたしも、覚悟を持って、あなたにこの言葉を言おう。

「あの日の『約束』を、叶えてくれますか?」







 
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