出稼ぎ公女の就活事情。
『本当は、このままリディを攫っていきたい』

 そっとわたしにキスをくれた『リル』はそう言って泣きそうに笑った。

『だけど今の僕にはリディを守りきる自信がない。まだそのための力も何もないーーだから』

 だから、と『リル』はわたしの雨に濡れた頬に触れた。

『いつか、大人になってリディを守りきる自信と準備ができたら、必ず君を僕の国に連れて帰る』

ーーああ、あの頃の『リル』は僕だったんだ。今のリルは私、なのに。
 
 リルの胸に抱き込まれながら、わたしはこっそりと笑う。

『だから、その時には、僕と結婚して下さい』

 ギュッと抱きつくと、リルはわたしの背をポンポンして「リディ、顔を上げて?」と言った。


「一度はあなたを国に返さなくてはいけない。けれど、今度はすぐに迎えに行きます。だから、私の妻になって下さい」

 わたしは一国の公主で、わたしの婚姻は国のために行われるべきで。

 だけど。

「はい」

 それでもわたしの答えはその一つだけ。


♢♢♢♢♢


「宿屋で話をしている時、気づいたんです。あなたが約束を忘れてしまっていると」

 ベッドの上で並んで座って、リルの胸に頭を抱きしめられながら、リルの謝罪を聞いた。

「大人気なく拗ねて、依怙地になって、ずいぶんあなたにいじわるを言ってしまった気がします。それに、あなたを巻きこみたくはないと思っていたのに、結局巻き込んで利用して、危険な目に合わせてしまいました。申し訳ありません」
 
 わたしはううん、と頭を振る。

「だってリルだって最初からわたしを餌にするつもりではなかったでしょう?わたしが我が儘を言って街に出たから。だから」

ーーでも、

 と、わたしは首を傾げた。

「どうしてあの人はわたしの前に現れたのかしら」

 それまではけして表に出なかったのに。
 だからこそ、リルはあの人をわたしという餌で誘き出したのだけれど。

「ああ、それは。フランシスカとの国交の中に私とフランシスカの王女の婚姻があったからですよ」

 さらりと言われた言葉に、わたしの脳がしばし思考停止する。

「叔父上はこの国の王族の血に人間の血が混じるのを嫌ったんです。そのくらいなら同じ獣人のガルドの属国になった方がマシだと思ったくらいに。ですから私が人間の娘をそばに置いているとなれば、気になって他人任せにはできないだろうと思ったんですよ。もちろんあなたの安全は極力図ったつもりですが、それでも危険なことには変わりなかった。……ですが、あなたもムチャをし過ぎです。大人しくしてくれていれば、こんな怪我をすることもなかったんですよ?約束したはずですよね?ムチャはしないと」
「え、と。うん?ちょっと待って?」

ーーあれ?わたし、プロポーズされたばかりよね?妻になって下さいって、つまりそういうことよね?

 ついさっき、わたしは好きな人と気持ちを確かめ合ったはずなのだけど?

ーーフランシスカの王女と婚姻?リルが?

 こういう場合、わたしはどういう反応を返せばいいの?


 


  



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