いつか、きみの空を。

吐息にすら葵衣への熱を乗せてしまいそうで、唇を噛み締める。

両膝に置いていた手を丸め込んで、手のひらに爪を食い込ませた。


間違っても情性に浮かされるまま、葵衣に手を伸ばしてはいけない。

まるで、拷問のようだ。

こんなに近くにいるのに、触れられない。


触れてほしい、触れないでほしい。

相反する気持ちが綯い交ぜになる。

わたしからは触れられないけれど、葵衣の方から触れてくれたのなら、抵抗するフリ、嫌がるフリ、たくさんの嘘を吐くことが出来る。

そんな浅はかな考えに嫌気がさした。


「なあ、花奏」


葵衣がシャツから手を離してわたしの様子を窺っていることには、横目で見て気付いていた。

だから、早く、お父さんの方がいい香りだったよ、だとか何でもいいから茶化して、葵衣との会話を切り上げなきゃいけない。

顔を俯けて横髪が頬にかかるようにしてみたけれど、葵衣は容易くわたしの髪を攫って、耳にかけた。


「俺、花奏に何かしたか？」


「え…？」


「この前から、俺のことを避けてる。気にするようなことかよ、あんなの──」


兄妹なんだから、って言わないで。

続く言葉がわかってしまったから、わたしは葵衣の手から逃れて耳を塞いだ。


避けてないよって言わなきゃいけない。

葵衣は決して鈍くはないから、避けてたことにも気付いてるし、私の様子が変だからって突っ込んだことを聞いてきたりしない。

かといって外堀を埋めるように探ろうとするのではなくて、一番ずるい言葉を投げかけてくる。