誘惑前夜~極あま弁護士の溺愛ルームシェア~
一流ホテルの料理人として、仕事に忙殺されていた父は、ほとんど家に帰ってこなかった。母はよく冗談のように『うちは母子家庭のようなものよね』と、笑っていた。
そんな母の笑顔が減り、ひとりでため息をつく数が増えたと気づいたのは、いつだっただろうか。
おそらく中学校に入ったばかりの頃だったはずだ。
だが自分は何もしなかった。いや、できなかった。
自分になにができるのか、いや、なにもできるはずがないと思いこんでいた。
そして『もしかしたら家族がバラバラになるかもしれない』という予測から、目を逸らしていた。
むしろ考えれば、それが現実になるかもしれないと、明後日の方向に怯えていたのかもしれない。
だから『好きな人と暮らしたい』と言って出て行った母に、小春は感情を爆発させることはできなかった。
言いたいことも言えない。
自分の言葉や態度で、なにかが変わるとも思えない。
身内に対してすら、遠慮してしまう。