俺がこんなに好きなのは、お前だけ。
好きになってもらいたいなんて、そんな大それたこと考えてすらなかった。
自分のなかにある淡い初恋を大切にしたいって、その一心だったはずなのに、いつからこんなにも"彼女になりたい"、"特別な人になりたい"と強く願うようになったのだろう。
お互いに好きな気持ちがあるならいいのかもしれないと思っていた夏休み明けの私はどこにいった?
好きだと言われたはずなのに、いま、こんなに辛くて切ない。
恋って、難しい。一筋縄ではいかない。他人の気持ちが絡んでくるから。なにひとつ、自分の思い通りにはいかない。
「ももか、そろそろ戻るね。佐野大志とはまた話したほうがいいんじゃない?」
「うん……そうする」
ダンスの練習が再開されるとのことで、結衣羽は両眉を寄せて心配している表情を残してその場を去って行った。
ひとり残って、ふとため息を吐いた。そして目の前に置かれてある真っ白な看板に、塗りかけの『ダンス&カフェ』の"ダ"の文字。
気を取り直して手にしていた刷毛を黄色のペンキが入ったバケツに突っ込んだ。
ざわざわと話し声と笑い声に包まれた教室。だから、気づかなかった。
「進んでる?」
「わっ!」
すぐ隣に大志くんが腰をおろしていたことに。
驚いて体制を崩しそうになる。とっさに支えてくれた大志くんが私の腕を掴んだ。そして持っていた刷毛が右手から消えていたのは、すべて一瞬のできごと。
「ご、ごめん……あ!」
大志くんに謝ると、自分が見失った刷毛の在り処に気づいて血の気が引いていく。