俺がこんなに好きなのは、お前だけ。
ぐいっと手を引き寄せられて、腰に手をまわす形になって、身体ごと密着した。
ふわりと香った制服からの優しい柔軟剤の匂い。すごい勢いで刻まれる鼓動。振動が伝わってしまわないか、心配で仕方ない。
「行くぞ」
「うん……っ」
動き出した自転車。完全に夜になった。いまは午後7時前ぐらい。白かった月も色が変わり、星も輝きはじめていた。
加速していくスピードは、私のドキドキと同じ。大志くんの腰に触れている手に神経がいく。火照った顔にあたる風がちょうどいい。
「方向教えて」
「えっと、次の角を右で、その次は……」
電車で20分の距離。自転車で通学したことないからわからないけれど、どのくらいの時間がかかるんだろう?
たぶん、こんなこと大志くんに言ったら怒られるんだろうけど……。
ちょっとでもその道のりが長ければいいなと思ってしまう。
自転車を漕ぐペダルの音。横を通り過ぎる車のエンジン音。すれ違う人たちの笑い声。
私たちの間に特別な会話があるわけでもない。
だけどこの時間も空気感もすべてが"特別"なことに感じる。
1秒でも長く続けばいい。
けれど楽しい時間があっという間に終わってしまうのと同じように、特別な時間もあっという間に終わりを告げるらしい。
ほんの30分程度で到着してしまった。自転車がスピードを緩めて止まった。
「ここ?」
「うん」
「そっか」
自転車から降りて、大志くんと向き合う。街灯がほんのりと彼の表情を見せてくれる。