独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
 アーベルと結婚したいと願う女性はたくさんいる。それこそ、このお妃選びに集まっている令嬢達を含めて。

(……そうなったら、寂しいかも)

 寂しいかもしれないけれど、別に彼のことが好きなわけじゃないし——と言い聞かせる。

「そうだ、お前の国の話をしてくれ」

 不意にアーベルが言いだして、フィリーネは目を瞬かせた。
 アーベルは、フィリーネの話に耳を傾ける気になっているようだ。フィリーネは、突然国の話をしろと言われて困ってしまう。

「——私の国の話って言われても。ユリスタロ王国が、昔はこの大陸全土を支配していたことはアーベル様だってよくご存知でしょうに」

 テーブル越しにアーベルが身を乗り出してきて、フィリーネはどきりとした。

 いとこのパウルスでさえ、こんなに近くに寄ったことはない。ダンスの時は例外だけれど、今はダンスの時間ではないからもうちょっと離れてほしい。

 不意に彼の身体から柑橘系の爽やかな香りが立ち上る。それにもまたどきりとして、何も気づかなかったふりをした。

「本当に細かいなー、こんな細かいの作るの大変だろうに」

 手を伸ばしてきた彼は、フィリーネの襟元に手をやった。そこにつけられているのは、雪の乙女シエルのレースだ。
 彼の指が鎖骨をかすめて、また、心臓が跳ねる。
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