独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
「……ごめんなさい。アーベル様の、せいじゃない、のに」

 完璧にアーベルに対する八つ当たりだ。
 それに、よく考えたら、こんな風に誰かに抱きしめられるなんて、子供の頃以来。

 不意にアーベルの心臓が規則正しく鼓動を打っているのに気づいて動揺する。
 自分の心臓は、どうなっているんだろう。心臓に意識を向けてみるけれど、壊れてしまいそうなくらいに脈打っている。

 そっと背中を撫でられて、また眩暈を起こしそうになった。

(……こんなの、間違っているのに)

 アーベルとの間にあるのは、ただの契約でしかない。
 フィリーネの役割は、花嫁選びが終わるまでの間の虫よけ。

 その代わりに、彼の方からは、三乙女のレースの販路を見つける手伝いをしてくれると——それだけのはず、だったのに。

 彼は意地悪だし、自分のことしか考えていないし、フィリーネのことはそんなに好きじゃない。それなのに——苦しいくらいに脈打っている心臓はフィリーネの思うようにはならなかった。
< 174 / 267 >

この作品をシェア

pagetop