独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
 ◇ ◇ ◇
 
 アーベルから、フィリーネの機嫌をうかがう手紙が届いたのは、ライラとやりあった翌日のことだった。

(……なんで、手紙なんか)

 アーベルは今まで何度もフィリーネを連れ出してきたけれど、こうやってきちんと手紙をくれたことなんて一度もなかった。いきなりふらりと現れてはフィリーネを部屋から連れ出すか、事前に約束するにしても、直接顔を合わせて伝えることが大半だったのである。

「……でも、ちょっと嬉しいかも」

 アーベルから手紙をもらっただけで、こんなにそわそわしてしまう。まだ、目を通していないというのに。

 便箋に並んでいるのはとてもきれいな筆跡で書かれた誘い文句で、今日はフィリーネのために、普段は立ち入りを許されないサンルームを解放してくれるという。

「なんだか、至れり尽せりね」
「昨日、ライラ様とやりあって泣いてたでしょう。だからじゃないですか」
「ああ……気を使ってくださってるってこと?」

 昨日、アーベルの前であんなに泣いてしまったことを思い起こせば、かっと頬に血がのぼる。

(……もう、しっかりしないと……)

 アーベルに気持ちを向けたところで、何一つ戻ってこないというのもわかっている。それなのに。
 ふぅっとついたため息に、ヘンリッカが心配そうな目を向ける。

「どうかしたの?」
「いえ、別に。たいした問題じゃないわ」

 フィリーネはまた、ため息をついた。そう、たいした問題じゃない——だから。

「……ねえ、何を着て行ったらいいと思う?」

 そう、たいした問題ではないから。アーベルの前では今までみたいに笑っていないといけない。

 そう言い聞かせようとするけれど、フィリーネにとってはそれも難しかった。意識していなかったら、きっともう少し楽だっただろうに。

「大丈夫。今日のドレスは私が選びます。それから髪もまかせてください」
「お願いね……やっぱり、昨日、ショールを壊してしまったのがひっかかっているのかしら」

 フィリーネはふっとため息をついた。あのショール、気に入っていたのに。

 売り物にはならない糸を少しずつ集めて、自分の手で丁寧に織り上げた。アーベルの前で感情をあらわにしてしまったのは恥ずかしいと思うけれど——。
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