独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
「うーん……おいしっ!」

 食べるのがもったいないと思っていたけれど、口に入れてしまえば、果汁でつけたと思われるレモンの香りがぱっと広がり、それからじんわりと甘さが広がってくる。
 可愛いとか目で見て楽しまないといけないなんて言っていたことをさっぱり忘れて、口内に入れた串をくるくる回す。

「はーっ……幸せ……」
「お前って、本当に単純なんだな」
「単純かもしれないけど、今まで、難しいことってあまり考えなくてよかったですから。アーベル様から見たら、物足りないかもしれないですけど」

「そんなことはない。いつか、行ってみたいな。お前の国に——きっと皆、生き生きしているんだろう」

「生き生きしているかどうかは知りませんが、皆、働き者ですよ。国民の大半は湖で魚を捕る漁師か畑を耕す農民で、獲物が取れる時期は、山に入って猟師を兼任してたり、冬の間はレース職人してたり。パウルスはもっぱら山に入ってますね。レースづくりはだめで」
「お前、またパウルスの名前を出したな」

 今まで機嫌よく話してくれていたアーベルが、不意に不機嫌な表情になる。フィリーネは、口に入っていた串を引っ張り出した。先端にいた兎は、だいぶ形が崩れている。
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