独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
 どうして、ここでアーベルの名前を呼んでしまったのだろう。彼は、フィリーネのことなんて気にしているはずもないのに。

(……一回くらい、気持ちを伝えたらよかったの?)

 自分が、このまま連れ去られて殺されるなんて、縁起でもない想像をしてしまった。一回くらい、アーベルに気持ちを伝えておけばよかった。

 そうしたら、きっと、彼だってフィリーネを虫よけに使うのはやめたはず。花嫁選びの残り期間は少ないのだし、途中で切り上げて、国に帰ってもよかったのだ。

(……そうよ、もっと早く——気持ちを伝えていたら、きっと)

 こんなつらい気持ちにはならなかった。

 そんなことを考えている間に、勢いよく走り続けていた馬車が停まった。フィリーネは、滲みかけた涙をぐいとぬぐった。
 泣いているなんて弱いところを、誘拐犯達に見せたくない。

 だが、フィリーネが馬車に乗り込んでいるというのは、誘拐犯達にとっても、想定外の出来事のようだった。

「おい、どうするんだよ、これ——」

 これ呼ばわりされても困るのだが、どうやら、フィリーネの存在というのは、彼らにとっては想定外だったようだ。

「お願い、私を帰して。私……荷物の確認に来ただけなの」
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