独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
「お前、俺に付き合え」
「……嫌です」
「は?」
「ライラ様に、このレースの素晴らしさを説明させていただこうと——あああっ!」

 話の途中で、アーベルがフィリーネの腕を勢いよく引いて立ち上がらせた。

「ちょっと、アーベル様?」

 背後からライラの声が追いかけてくるが、アーベルは構うことなくフィリーネを連れてダンスに戻る。
 彼に振り回されながら、フィリーネは思いきりむくれた表情になった。

「なんで邪魔するんですか! せっかくライラ様が興味を持ってくださったのに!」
「——ダンスの相手を探すのが面倒だったからに決まっているだろう。誰か一人選ぶと大騒ぎになる。お前、このまま付き合え」
「アーベル様ってば横暴! 嘘つき! レースの売り込みに協力してくれるって言ってたのに!」

 口論しながらも、ダンスフロアに引きずり出されてしまったら、アーベルの相手をするしかない。
 ライラの視線が、背中に突き刺さってくるような気がしたけれど、フィリーネにできることなんてなかった。
--- 
 ◇ ◇ ◇
 
 ちょうどいい相手を見つけた。とアーベルは思った。
 彼に余計な興味を持たず、アーベルの都合に合わせて動いてくれそうな相手。

 令嬢達に囲まれるのに辟易して逃げ込んだ裁縫室に彼女はいた。歓迎の園遊会でも彼に興味を示さず、一人菓子のテーブルに張り付いていたフィリーネ。

『侍女と侍従にも食べさせてやりたいと、お部屋に持って帰れるかどうか気になさっておりました』

 とは、テーブルで給仕にあたっていた使用人の言葉だ。どうやら、使用人達にも、優しい気持ちを持ち合わせているらしいと素直に感心した。

 がつがつ食べるのは女性のたしなみからは外れるらしいし、残った品は使用人達に下げ渡されるのも知っているが、テーブルに出されたものに一切手をつけないのはどうかと思う。

 だから、その段階でフィリーネに対してはある意味好印象ではあったし、興味も持ったのだ。普通なら、女性の方から王太子であるアーベルに取り入ろうとするだろうから。

 裁縫室で出会ったフィリーネは、こちらがいっそ拍子抜けするくらいにアーベルに興味を示さなかった。

「邪魔」なんて、彼に言ったのはフィリーネが初めてだったと思う。
< 68 / 267 >

この作品をシェア

pagetop