記憶のかけら
抱擁
秀継は思った。

視察に行きたいという女子は初めてで、

面白いと状況を楽しんでいた。



出会って幾日もたたない不思議な女子。

聞いたことも見たこともない豊富な情報と知識を持ち、

話す内容に魅かれ、考え方に教えられ、

話せば話すほど惹きつけられていった。



真由美が目の前で、

連れ去られたとわかった時、

攫われたと知り、

相手が春日の手の者だとわかった時は、

心臓が止まるかと思った。



今まで感じたことのない痛みと衝撃を受け、

そんな弱い部分が自分の中にあることにも驚いた。



これまで何度、戦を仕掛けられても、

これほどには動揺しなかった。



幼いころ人質となった辛さに比べれば、

少々のことではうろたえない。

戦を仕掛けられたら、仕掛け返す。

ただそれだけだ。

闘志をたぎらせて戦いに明け暮れていた。

たくさんの死を見てきた。

やるせない、切ない思いを、

たくさん飲み込んで生きてきた。

絶対に戦のない世を作ってみせると、誓ってきた。



近年は、港や街を整備し市を開催して、

人や物の往来を活発にし、領内の安定に力を注いできた。

諸国と交易した富で食料を蓄え、

飢えのない領地を作ろうとしてきた。

周辺諸国の誰にも負けない、強い男でありたいと生きてきた。



真由美の行方が分からない間は、

領地内の気を引き締めるとともに、

自身は落ち着かず、気が狂いそうだった。



油断していた自分を責めた。

西宮が後を追ったからには、

必ず側について守っているはずと、

自分に言い聞かせた。



港の防御や戦の準備に追われ、

指示を出し領地の守りを固めることに集中し、

身動きできなかった。

御影が、側近達が、手足となって動き、

領内の準備が整い始めた頃、

真由美の生存が伝わってきた。



生きていた!!

嬉しさ、愛おしさが

こみ上がってきた。



逐一入ってくる情報に驚き、

攫われてから後の様子と

活躍には目を見張るばかりだった。



早く会いたい気持ちと、

もどかしい思いがどんどん募っていった。



有馬で、自分の目で、

真由美の無事を確認したとき、

そばにいて欲しい気持ちが沸き起こり、

そうあって欲しいと強く願った。

これほど人を求めたことがあっただろうか?

真由美が欲しいと心から望んだ。



宴のさなか、屋敷の庭で、

お舘様に問われた真由美は、

なんて返事をしたらいいのか困惑しながら

「いません」と小さな声で答えた。



お舘様は何も言わず、抱きしめてきた。

最初は弱く、そして力強く。



お舘様が言う。

「本当に無事でよかった。」と。





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