艶恋婚~御曹司と政略結婚いたします~
ぽつ、ぽつ、と雨が落ち始めたら、後はあっという間だった。
「これ被って」
ばさ、と彼が着ていた春物のジャケットを私の頭から被せると、私の手を引っ張って小走りで駐車場に戻る。
車に乗り込んだ時には、葛城さんはずぶ濡れだった。
「あんなにいい天気だったのにー」
「急に降り出したなあ。藍さん、濡れたでしょう。寒くない?」
「私は足元くらいです。それより葛城さんが」
急いでバッグを開けたが、入ってるのは小さなタオルハンカチくらいだ。
こんなのでは慰め程度にしかならないが、ないよりマシかと彼にタオルハンカチを差し出した。
「ありがとう。お弁当、外で食べるわけにはいかなくなったね」
「そんなのは別にいいんですって。それより風邪ひきますから……今日はもう帰りますか?」
正直、すごく楽しかった。
だから残念だけれど、着替えなんかないだろうし、今日は帰るのがベストだと思った。
とりあえずといった感じで、顔の水滴だけ拭った彼は、「ありがとう」と言ってタオルハンカチを返してくれた。
それを受け取ろうとしたとき、葛城さんの目が私の表情を窺うように、こちらを覗きこんでいることに気付く。
「葛城さん?」
「せっかくだし、うちで食べる?」
「え……」
「このまま車の中で食べてもいいけど、やっぱりちょっと寒いしね。藍さんが良ければ、近々案内しようとは思ってた」
葛城さんの家。
否応なしに緊張感に襲われる。
だけど、迷いはしなかった。
「……お邪魔していいなら」
お伺いします、と頷いて見せると彼は少し目を見開いた後。
ふんわりと微笑み、ゆっくりとハンドルを掴んだ。
「決まり」
エンジンのかかる音がして、ゆっくりと車は走り出した。