王子様と野獣


階段で三階まで下り、部署に戻ろうとしたとき、瀬川と田中さんの話し声が聞こえて俺は思わず足を止めた。
ちらりと中を覗くと、瀬川のデスクの近くで、ふたりが顔を寄せ合って話している。


「……脈ないのかねぇ」

「脈ない……というか、瀬川さんはっきり告白していないんでしょう? 気持ち、たぶんちゃんと伝わってませんよ」

「あれだけ誘っててわからないもん?」


内容が恋愛の話だと気づいて、俺は息をひそめる。


「“野獣”ってあだ名をつけられるくらいだから、恋愛には今まで縁遠かったみたいですよ、仲道さん」

「ふうん。だからあんな感じなのか。擦れてないよね」

「ええ。だからあまり困らせないであげてくださいね」


やんわりと諫めるような口調に、瀬川がむっとする。


「困らせてるの、俺じゃなくない? 思わせぶりなことして振ったの馬場のほうじゃん」

「主任もまあ、……どうかと思いますけどね」

「それにしても田中さんもすっかり仲道さんと仲良くなったんじゃん」

「そうですね。……変な子ですけど、憎めないですよね」


瀬川も田中さんも、頭がよくしっかりしているけど、人と積極的にコミュニケーションをとろうというタイプではなかった。
遠山さんが上手にパイプをつないでくれていたから、仕事に支障が出なかっただけで、二人がこんな風に話すことなんて、今までなかったはずだ。

モモちゃんが現れて、やっぱり何か変わった気がする。

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