王子様と野獣
「……お疲れ様」
俺が姿を現すと、はっとしたようにふたりがこっちを向き、目配せして田中さんが自席へと戻った。
空気を悪くしたかなと思いつつも、何気なさを装う。
「もう、二十時近いし、急ぎの仕事じゃないなら帰っていいよ」
「ああ。もうすこし」
瀬川がディスプレイに視線を戻したので、俺は近くまで行ってのぞき込んだ。
「どうかしたのか?」
「……予算の件なんだけどさ。商店街の空き店舗を埋める三件のうち、二件決定しただろ? でもうち一件の店舗の水道周りの改修が多くて、予定よりも費用が掛かりそうなんだ」
「そうか。だけど、開店時の環境整備まではうちで持つっていう条件で引き抜いてきてるんだし、そこを削るわけにはいかないだろう」
「まあな。だから三件目にかけられる予算はだいぶ減って来るなぁ」
「そうか。分かった」
机の上には工事費の削減案が置いてある。
「これは?」
「ああ、それはシミュレーションしただけだから正式なやつじゃない。業者の見積もりを反映させると俺の予想よりは高くつくなぁ」
「こんなに何パターンも作っていたのか」
いつも瀬川が出してくる資料は、きっちり作り込まれている。
表に出てくるものだけ見ていたらわからなかったが、こうして表に出るまでに何枚も作られていたのか。
本部長の言った、“俺にないもの”の片鱗が垣間見えた気がした。