人魚のいた朝に

「初空、一人でここまで来たの?」

「そうよ?どうして?」

クルクルと車椅子のタイヤを回しながら進む初空の隣を、ゆっくりと歩く。
もともと、僕と初空の身長はそこまで変わらなかった。中学に入ってから、僕の方が少し高くなったくらいだ。
だから車椅子に乗る彼女との身長差が、なんだか落ち着かない。

「だってこれ、一人で来るのは大変じゃない?」

「青一と違って、うちは器用なの」

「・・・そっか」

それを言われてしまうと何も言えない。

「あーでも、久しぶりの海はええねー」

「病院は退屈だった?」

「すっごく」

顔を顰めた初恋に、つい笑ってしまう。

「ねえ、あそこから降りられるかな?」

「え?」

彼女が指す方を見ると、浜辺に続くスロープだった。

「海の近くまで行きたい」 

僕を見上げた初空に、どうするべきか悩む。

「おばさんたちに、怒られない?」

「大丈夫。青一と海に行くって言うてあるから」

「でも、」

「一時間過ぎても帰らなかったら、迎えに来てとも言うてある」

「・・・砂の上だよ?」

歩けば足が沈む柔らかな砂浜を、彼女の車椅子で進めるのかと不安に思う。だけどそんな僕とは違って、初空はやっぱり強かった。

「そんなの、あんたが背負うに決まっとるでしょう?」

「・・・え、僕!?」

「あんた以外に誰がおるのよ」

「いや、でもさ」

「なんか出来るかって言うたのは青一でしょう?」

「言ったけど・・・」

戸惑う僕を置いて、初空はまたタイヤを回し始める。

「行くよ、青一!」

ケラケラ笑いながら振り返った初空の後ろを、僕は慌てて追いかけた。

「待ってよ、初空!」
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