人魚のいた朝に
「脊髄ってこと?」
取り乱すことなく父にそう聞いたのは、上の兄だった。
春からは高校三年になる長男は、父の後を継ぎ医者になることを決めている。
父と同じ東京の大学を受験すると言っていた。
「ああ」
「どういう意味?」
兄の言葉に頷いた父を見てから、すぐに隣に座る兄に視線を移す。
「事故とかで、この辺りに強い衝撃を受けると、中にある脊髄が損傷して、身体に障がいが残ることがあるんだ。歩けなくなったり、身体を支えるのが難しくなったり、場合によっては呼吸もままならなくなる」
「・・・」
兄の説明を聞いた後で、再び父を見た僕は、既に頭が真っ白になっていた。
「幸いと言って良いのかはわからないが、さっきも言ったように、初空はご飯も食べられるし会話もしている。ただ、両足を動かすことが難しい。その為に、今は一生懸命にリハビリをして、車椅子に乗る練習もしている」
「それって、治るの?」
当たり前だよと、自信満々に言って欲しい。
そう思いながら聞いた僕の質問に、父は答えを迷うように黙り込んだ後で口を開いた。
「青一、お前が想像する以上に、あの子はこれから苦労をすると思う。だから今度は、お前が初空を支えてあげるんだよ」
「僕が?」
「ああ。この町に、お前がここまで馴染むことが出来たのは、初空のおかげだろう?」
優しく目を細めた父の言葉に、身体中から何かが込み上げてきた。
夕食の後に、兄がこっそり教えてくれた。
たぶん初空の脚は治らないと。今の医療では、難しいと。
僕が、彼女に出来ることはあるだろうか。
「ないね」
「・・・え!?」
「だって、青一に頼ることなんてないもん」
あのスキーの日以来に聞いたその声に、急いで駆け寄った僕に、初空は今までと変わらぬ悪戯な表情で笑った。