人魚のいた朝に
5.

「返事は、次に会った時でいい?」

そう聞いた初空に「もちろん」と笑って頷いてから、五カ月が過ぎようとしていた。

大学生活の最後の一年を迎えて、それまで以上に忙しかったのも本当だ。
研究室にいない時間は、大学の図書館か自宅で、ひたすら卒論の準備をしていた。
何かを考える余裕なんてなかった。
違う。何かを考える時間を作りたくなかった。
「忙しい」その言い訳を、途切れさせたくなかった。
僕は初空から、逃げていた。


「この先、iPS細胞の研究が進んでいけば、再生医療に大きな進歩をもたらすことになる。あらゆる病気や怪我の治療が可能になるだろうし、そうなっていくことが僕ら研究者の成し遂げるべき夢だ。だけど、どんな科学の力をもってしても、もとに戻せないものもある。何かわかる?」

「・・・え、ここで俺に振るん?」

「仕方ないよ。太一しかいないし」

「まあ、そうだけど。お前、今日はどうしたん?」

「どうって?」

「飲み過ぎ。お前がこんなに喋ると気味悪いわ」

「・・・」

八月のお盆が過ぎた頃、久しぶりに太一を誘って飲みに来ていた。
僕から誘うのは、これが二回目だ。
一回目は、あの初空との京都デートの後だった。

「まだ、会いに行っとらんのか?」

「・・・」

「気持ちはわかるけど、もうそろそろ夏も終わるぞ」

太一には何度も、初空とちゃんと話し合うように言われた。
あの時の言葉だって、いつまでも鈍い僕にはっぱをかけただけだろうと。

「このまま、大学院に進むつもりなんだ」

「ん?ああ、お前が?」

「そう。大学を受験した時から考えていた。この場所で学べることは全て学んで、吸収して、いつか自分も研究者になりたいって」

「それも、初空の為にだろ?」

「・・・だけど、寂しい思いをさせていた」
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