運転手はボクだ
「心配しないで?この車は俺のだから。んー、そういう心配じゃないか。違うよね、別の問題、だよね?」

「あ、の」

…はい。…そうです。
確かに、車はこの家の、さっき入って行った人の物だろうと勝手に思っていたけど。
気にしているのはそういう事ではない。

「◯◯駅まで行くけど、そこはどうかな?」

あ、そこなら近いし何とか大丈夫そうかも。

「フ、どうやら、そこまでなら乗ってみても良さそう?」

あ、表情を読まれてしまったらしい。

「あ、は、い。…あ」

でも…。

「ハハ、じゃあ、いいかな?そろそろ乗ってもらえる?このままだと中も湿気てくるから」

「あっ、ごめんなさい!」

その言葉に押されたように慌てて後部シートに滑り込んだ。あ、乗っちゃった。
今の、思う壷?誘拐なら簡単に連れ去られてるかもだ。

…わぁ…でも、何とも例えようのない、感覚…。腰を揺らしてシートに座り直してみた。バッグの紐を肩から下した。
この、慣れない感覚がまさに高級車?さっきまでこの家の人が乗っていたレザーのシートに、同じように背を持たせてもいいのだろうか。…いいのかな、こんな車に乗って。
思わず子供のように手をついて、ちょっと腰を弾ませてみたくなった。

「フ」

男性はいつの間にか運転席に乗っていた。…笑われちゃったかも。いい大人が…戸惑ったりはしゃいだり、挙動不審だからだ。

「一応、嘘じゃないからね?
さっきの人は俺の雇用主で、この車の持ち主は俺。
社長が、あ、その雇用主がね、困っているようなら送ってあげるといい、って、言って、自分から降りたんだ。珍しい事ではあるけど。
まあ、こういう事も、あまり無いよね?雨宿り?
俺は元々個人タクシーをしててね?それで、一度利用してもらった事がきっかけで、さっきの人の御抱え運転手になってしまったって訳」

「…そうなんですか」

へぇ…。軽く経歴を言われちゃった。一度で気に入られちゃったんだ。だから運転手に。そういう事よね。余程、礼儀正しくて、運転も上手で、人当たりがいい人なのかな。…親切で感じがいい人だと思った。やっぱり第一印象って大事なんだよね。
逆に、私ってどうなんだろう。
…珍しい雨宿りなんかしてしまって、ごめんなさい…。


「駅なんて、直ぐだね」

あ、言われてみれば、いつ走り出していたんだろうってくらい走行が静かで、もう、見慣れた通りを走っていた。

「あ、はい。そう、ですね」

「俺も、この駅には用があるから。…この辺りに停めるね?……いい?」

「あ、はい。大丈夫です」

別にどこだっていい。
停車したところで降りようとしたら、先に降りて傘を差し、ドアを開けてくれた。
何だかお嬢様にでもなった気分だ、恐縮してしまう。

「お客様…お疲れ様でした…」

ちょっとお道化た風に笑いかけられた。大人の余裕な表情だ。

「あ、いえ、あの、有り難うございました。こんな…ご親切にして頂いて」

はぁ、緊張したぁ。私ずっと戸惑って、挙動不審。

「いや、結果、ついでの乗車だから。この後降らないとも限らない。傘、持って行く?大丈夫だから」

ビニール傘を握らされた。

「有り難うございます。でも、あの…」

「ん?ああ、返さなくていいから、大丈夫だよ?じゃあ、俺はこっちに用なんで」

指を差したと思ったら、頭に手を翳す事もなく、あっという間に走って行ってしまった。
先に、◯◯保育所という看板が目に入った。動物が描かれたカラフルな看板だ。

何ていうか…爽やかな男性だったな。
…そうか、子供さん…仕事帰りにお迎えだったんだ。きっとそうだ。
傘を貰ったけど、雨、もう、止みそうかも。
傘越しに空を見上げた。
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