悪しき令嬢の名を冠する者
「誓いを立てたくせに裏切るんだ?」

 同じように主に仕える者として鼻持ちならない案件だ。僕は揶揄するように感情を乗せた。

「ヴェーン家に仕えるよう言われたのは侯爵様が悪の貴族だからだ。それ意外の何物でもない。裏切ったりなんかしない。
 俺は彼女がレジスタンスに在りたいと言うなら守るし、逃げたいと言ったなら連れて逃げる。例え誰に咎められても」

「悪の貴族、ね。侯爵様のお陰で平和が訪れたって言うのに、酷い二つ名。
 僕は嫌いだな。何も知らずに言葉を連ねる連中が」

 ヴェーン侯爵様が、かつてヴェーン伯爵だった頃の話だ。彼は隣国との使者を仰せつかっており、若いながら秀でた話術で人々を魅了していた。

 だが、彼は弁が立ち過ぎた。何を思ったのか。隣国二国に和平条約を結ばせた彼は、我が国が優位に立てるような三ヵ条を交わし、誓約書を持ち帰ってきたのだ。

 詳細は誰も知らない。しかし、彼の行動は結果的に国同士の摩擦を収め、未だに平和を保っている。その功績を称え、彼の爵位は伯爵から侯爵へと上がった。
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