オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
『そんなに急がなくても大丈夫ですよ』
『いや、俺もそう考えていたときもあるけど、それだと甘すぎるんだよ。急がないとすぐ売り切れちゃうからなぁ』
『うちの食堂の杏仁豆腐、特別おいしいですもんね』
いい大人の男が杏仁豆腐のために走ってたのかよ、なんていう感想が、浮かんですぐ消えていく。
彼女があまりに嬉しそうに笑っているから、それどころじゃなかった。
愛想がないと噂になるほどの彼女が、現にこの二週間まったく笑ったところなんて見せなかった彼女が、こんなにコロコロとした笑顔を浮かべている。
その事実に、ただただ唖然とするばかりだった。
ああ、あの子はあの男のことが好きなのか。ようやくそう繋がったのは、ふたりがエレベーターから降りたあとだった。
……おもしろそうだな。
片想いだとしても両想いだとしても、あそこまで特定の相手だけに笑顔を見せる彼女を振り向かせたら、今までとは比べ物にならないくらいの優越感が得られるかもしれない。
アンパイばかりを狙ってきたつもりはないけれど、彼女ほど難しそうな子をターゲットにしたことはなかった。
ただ引っかかるのは、社内という部分だけだけれど……好奇心が勝った。
少し接触してみて、もしも面倒そうな子だったらすぐに引けばいい。手を出す前なら問題ない。
仮に向こうが俺に夢中になって諦めてくれなかったりしたときには、コンプライアンスにでも相談すれば俺が被害者だ。
この先、この会社で働いていく上で俺の不利には働かない。