オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
今度こそ呆れ果てて水槽のなかのイルカに視線を移す。
こんなつまらなそうな顔で見たからか、イルカがどこか迷惑そうに離れていく。
本当だったら工藤さんと落ち着いた気持ちで見るはずだったイルカを、まさか松浦さんとこんな気分悪く見ることになるなんて思ってもみなかった。
青は本来ならば冷静さを取り戻してくれる色らしいけれど、水槽のなかに広がる青白い水はいくら眺めても気持ちを落ち着かせてはくれなそうだった。
だって、どんな冷静になったところで松浦さんは最低なクズだ。
……まぁ、どうでもいいか。
考えてみれば私には関係のない話だ、と割り切り、ひとつ息を吐いてから口を開く。
女性グループからチラチラと好意のこもった視線を感じるし、一刻も早く松浦さんから離れたかった。
「別に松浦さんの恋愛観はどうでもいいので、とりあえずターゲットから私を外してくださ――」
「〝加賀谷さん〟だっけ。第二品質管理部にいる、強面の顔に反して面倒見のいい男」
ぴたり、と時間が止まったようだった。
水槽のなかのイルカは力強く泳ぎ続けているのに、私の時間だけが、ビタッとなにか重たいものに上から押さえつけられたように動かない。
なかなか振り向けない私を、松浦さんは満足そうな表情を浮かべ見ているみたいだった。
「なん、で……」
数秒後、なんとか目を合わせてそう問うと、松浦さんはふっと笑い水槽に視線を移す。
心臓がドッドッと不穏な音を響かせていた。
「第二品管の部長は、使えないからって色んな部署で邪魔者扱いされてきたような人だから、実際に部署を動かしてるのは加賀谷さんらしいね。
上も彼の手腕を買ってるし、本部長からあの部長をどうにかサポートして部署を立て直してほしいって直々に頼まれたとか」
そうじゃない。聞きたいのは、どうして今、ピンポイントで加賀谷さんの名前を口にしたのかということ。
けれど、この話題を続ければきっと松浦さんは私の想いに気付く。
なぜかわからないけれどそう直感し、なにも言えなくなっている私を、松浦さんは横目で見た。
青白い淡い明かりを反射する瞳に見られ、びくっと肩を揺らす。